ムクロバラ(宮部みゆき)

892 名前:本当にあった怖い名無し 投稿日:2005/10/27(木) 17:07:01
短編小説を思い出した。タイトル失念。

頑固一徹、真面目な叩き上げの刑事部長。
仕事に生き甲斐を感じ、家族に慕われる生活を送りながらも最近少し疲れ気味。
そんな刑事部長の元へ、定期的に尋ねてくる男性がいた。

彼は刑事部長以上に真面目で、刑事部長の1/00くらい大人しい元公務員A。
なぜ「元」がつくのかと言うと、Aは人を殺してしまったから。
帰宅途中に、質の悪いDQNに絡まれ、大人しいAは抵抗も出来ずに嬲られていた。
見かねた男性が助けにはいるが、逆上したDQNは刃物を取り出す。
それを見たAは咄嗟に考えた。「この人に怪我をさせてはいけない」
そのままに行動した結果、気づいた時にはDQNは死んでいた。


893 名前:本当にあった怖い名無し 投稿日:2005/10/27(木) 17:08:26
非の打ち所がない正当防衛だ。
しかし世間は冷たかった。
職場の同僚はAを避け孤立していく。
そのうち仕事も左遷され、自主退職する以外なくなってしまった。
近所の好奇の目に耐えかねた妻はノイローゼとなり、実家に帰ってしまった。
そしてA自身も精神に変調を来し始めた。

彼はときどき新聞記事を切り抜いては刑事部長を訪ねてくる。
「ムクロバラがまた人を殺した。早く捕まえてくれ」と言いながら。
ムクロバラとは彼が死なせてしまったDQNの名前だ。
ムクロバラはすでに死んでいる。

刑事部長はどうする事も出来ない。
理詰めで説いても、すでにAの耳には届かない。
彼は反論せず、優しくAの訴えを聞いてやる。
Aの話に同調し、捜査を約束し、彼を安心させて見送る。
何度も同じ事を繰り返していた。


894 名前:本当にあった怖い名無し 投稿日:2005/10/27(木) 17:09:27
だが、今日の彼はいつにも増して疲れていた。
前々から手を焼いていた部下が、不正行為を起こしたのだ。
それを責めても部下は反省すらしない。ふて腐れてそっぽを向くだけだ。
彼は疲れていた。

訪れたAに対し、彼はいつもと違う方向で説いて聞かせる。
ムクロバラはもう死んだのだと、あなたは疲れているんだと、その事件は関係がないのだと。
やがてAはしょんぼりと帰っていった。

その背を見送り、彼は後悔する。
後悔を振り払う為に、そしてAを納得させる為に彼は調査を行った。
Aが持ってきた新聞の切り抜きの事件を調べてみたのだ。

結果は予想通りだった。被害者にも加害者にも共通点はない。
どの事件も手口はバラバラで場所も離れている。ムクロバラと繋がる線はない。
ただ。全ての事件の加害者は同じようなセリフを吐いていた。
「なぜこんな事件を起こしたのかわからない。ムシャクシャしていた。魔が差したんだ」と。

不安な気持ちになりながら家に帰ると、妻と娘がふざけてきた。
俺は忙しいのに。俺は疲れているのに。
何が何やらわからないうちに、彼は妻と娘を怒鳴りつけていた。


895 名前:本当にあった怖い名無し 投稿日:2005/10/27(木) 17:10:43
翌日。尋ねてきたAに対し、にこやかに接する刑事部長。
彼はAに対し、一つ提案をした。
ムクロバラを捕まえたいが、彼の顔がわからない。
逮捕のために、ぜひとも彼の似顔絵を描いてくれと。

Aは喜んで承諾した。
だが描けるはずはなかった。
彼がムクロバラが犯人だと示した事件はたくさんあったのだから。加害者はそれぞれ別なのだから。
もし新聞で見た犯人の一人の顔を描いた時には、指摘してやればいい。
それは一つの事件の犯人で、他の事件の犯人が存在しますよと。

そうして絵は描き上がった。
Aが描いた似顔絵は、刑事部長にそっくりだった。

突然沸き起こった不安に、彼は部屋を飛び出してしまう。
外に走り出た時、部下がやってきた。
いつものように生意気な顔でヘラヘラ笑っている。
訳もなく沸き起こった怒りのままに部下につかみかかった時、「お父さん!」娘の声がした。

我に返って呆然とする。
そうして娘に手を引っ張られながら、彼はぼんやり悟っていた。
自分がムクロバラになる日も遠くないのだと。
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えええ、それで終わり?それでいいのか?と納得できなかった。

 

地下街の雨 (集英社文庫)
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