滝(奥泉光)

506 名前:奥泉光の小説 「滝」 1/6 投稿日:2006/01/12(木) 11:15:25
※長い上にうろ覚えで間違ってるとこもあるかも。

物語は、主人公の少年達が山岳修行に出かけた朝から始まる。
清浄行、と呼ばれるその登山は、彼らが属する宗教団体(密教系?)が
行っている少年達の通過儀礼。
山伏のような装束で山を越え七つの宮をめぐる修行は、宗教的な色合いよりもむしろ
精神と肉体の鍛錬が主な目的である。厳しい登山を仲間と協力してやり遂げるという体験を通して
組織の結束を固めるという、重要なイベントであった。
(大人になってからも、その時のグループの結束は固い。戦友とか、体育会系仲間みたいな感じ)
彼らは5人一組で十あまりのグループに分かれ、時間差で宿舎を出発する。
山に点在する七つの宮を全部めぐればゴールなのだが、この修行のルールで
それぞれの宮に着くたびに組のリーダーが用意された御籤を引く。
白ならばその組の気は清浄で満ちているとされ次の宮へ進ことができる。
黒ならば気が汚れているとされ、その宮と対になる滝に打たれて潔斎しなければならない。
飽くまで修行であり競争ではないのだが、どの組よりも先に最後の宮にたどり着きたいと
願うのはどの少年達も同じだった。上手く行けば2日ほどでゴールできる。


507 名前:奥泉光の小説 「滝」 2/6 投稿日:2006/01/12(木) 11:16:21
主人公の裕矢は17歳、彼らの組は栄えある先発隊に選ばれ意気揚々である。
組のリーダーを努める勲は18歳。教祖の孫でいずれ教団の将来を担うとも噂される青年である。
武術も学業も並ぶ者のない美青年。しかも温厚で人望も厚い。裕矢の憧れの存在だ。
裕矢には兄が居るが、兄の達也は頭は切れるが狡猾で嫌な男であり、人望も無かった。
弟から見てもとても尊敬の対象にはならなかった。
その他のメンバーは頼りない都会っ子や、トロくて幼い中学生、ケンカ早い田舎者と
当初は気が合わずバラバラであったのだが、いつの間にか勲に惹きつけられ結束を固めていく。
だから、最初の宮で出た御籤が黒だったことも裕矢たちにはそれほど苦ではなかった。
自分たちならば、少しくらい次の宮へ行くのが遅れたとしても最後まで力を合わせてやっていける。
しかし、次の宮でも御籤は黒。それぞれの宮と対になる滝へ行って滝に打たれ、
また次の宮へ戻る。その度に途方もない遠回りを強いられる。裕矢はふと不安になる
こんなに素晴らしい組なのに何故神託は自分たちの清浄さを認めてくれないのか。

508 名前:奥泉光の小説 「滝」 3/6 投稿日:2006/01/12(木) 11:16:56
一方その頃、少年達が居る山には裕矢の兄、達也とその仲間の河合も潜んでいた。
少年達の修行のバックアップをする隠れたスタッフとしてだ。少年達は飽くまでも自力で
山岳修行に挑むことになっているが、緊急の際の安全面や他の登山客とのトラブルを避けるため
少年達よりも上の青年団が影ながらサポートしているのだ。
また、少年達はご神託を純粋に信じているが実は御籤の結果も青年団が操作している。
各組がそれなりに苦労してゴールするようあらかじめ仕組まれているのだ。
やがて皆青年団に上がれば、この修行の真相を知ることになるが、怒るものなど居ない。
次の世代の少年達のサポートをする役目がどんなに重要かを教えられることになるからだ。
少年の日の純粋な信仰心は汚されることなく、合理的な組織運営を担う人材を育てる。
それは実に上手く組み込まれた教団のシステムだった。

509 名前:奥泉光の小説 「滝」 4/6 投稿日:2006/01/12(木) 11:25:13
勲と裕矢の組の御籤を黒にしたのは達也だった。達也はそのまま、三の宮、四の宮も
黒の御籤を仕込むつもりだ。驚いて止めようとする河合に達也は説明する。
教祖の孫である勲がいずれ教団のトップになるのは間違いないだろう。
人を惹きつける勲は新しいカリスマとなる。だが、教祖たるもの純粋なだけでは組織を守っていけないはずだ。
信者の夢を壊さず、現実の汚い部分をも背負うのが真のリーダーであるはず。
やがては自分たちの雲の上になる勲だが、今はまだ少年部の後輩の一人だ。先輩として
勲の為にできるだけのことをしてやりたい。
達也が、勲を目にかけてかわいがっていたことを知っていた河合は渋々納得する。
御籤は4,5本の中から一本選ぶ仕組みだ。
達也の計画、それは御籤と一緒に手紙を置いておくことだった。
そこに、白の籤は右端、等のメッセージを書いておく。
リーダーとなるものは、高潔なだけでは務まらない。いくら神託が絶対とはいえ、
疲れ果てた他のメンバーの為に、勲は闇の部分を背負って白い籤を選ぶべきなのだ。
かつて達也は教祖の家で、勲の母に会ったことがあった。勲とうり二つの美しい婦人は狂人であり、
屋敷から出ることなく幽閉されている。勲の高貴な微笑の向こうには狂気がある。
どこかで現実に汚れなければ勲も母と同じ運命を辿るだろう。

510 名前:奥泉光の小説 「滝」 5/6 投稿日:2006/01/12(木) 11:27:31
三の宮の籤も黒。再び滝で禊ぎをして四の宮に向かう。そろそろ年少の者や、都会ッ子には
疲労の色が濃くなっている。勲は籤を引く前に脇に置いた手紙に気づいて中身を読んだ。
しばらく考えて彼が引いた籤の色は、黒。
結束が固かったはずの組の雰囲気はどんどんと壊れてくる。勲は冷静に仲間たちを励まし
統制を取り戻す。そんな勲を改めて尊敬する裕矢だが、不安はどんどん大きくなっていく。
本当に危険だと判断した時は、救助を求める旗を掲げることになっている。
その旗を持っているのは裕矢だ。だが清浄行は教団の少年にとって、生涯心に残るイニシエーション。
リタイヤなどしたら一生の心の汚点になる。やり直しはもう利かない。
五の宮でも、封筒は置いてあったが、勲は中身を見ることもせず籤を引く。黒。
それを見ていた達也は自分の敗北を知る。自分の負けだ。勲には、小賢しい知恵などは必要ない。
高潔なまま人々の上に立てば良いのだ。汚い部分などは自分が引き受けて身を捧げればいい。
もう止めよう。弟や他の少年達も、勲を恨むことはないだろう。封筒のことを知ったとしても、
後になれば勲の潔癖さをますます尊敬するようになるだけの話だ。
ここまで来たら勲が追いつめられるところを見たいという河合をたしなめて、達也は山を下りた。
六の宮と七の宮の籤は全て白を用意して。

511 名前:奥泉光の小説 「滝」 6/6 投稿日:2006/01/12(木) 11:28:16
五の滝での禊ぎをした後、少年達は心身ともに限界を迎えようとしていた。
それぞれが、黒の神託が出る理由は自分に、そして他のものにあると思いこみ結束は決裂する。
今まで隠していたお互いの過去、思いなどが交錯する。神託が黒を出す罪は一体誰にあるのか。
何とかその場を納めた勲が出した決断は、このまま六の宮ではなく、
六の滝へ向かい、七の宮に向かうというもの。
(体力的な限界と、このままの壊れた状態で次の宮に言っても神託は恐らく黒だろうという理由)
勲は裕矢にだけ、六の宮で籤を引いてくるように依頼する。一人で六の宮に行く裕矢。
神殿には威厳も神秘もなく、虚ろな気がした。籤を引く。結果は白。
皆の元に戻った裕矢だが、一人が脱走し勲は探しに行って留守にしていた。
勲が帰ってくる前に脱走した少年は戻ってくるが、
リーダー不在の追いつめられた少年達は脱走した少年を袋叩きにする。
夜半、疲れ切った彼らの元に、勲が帰ってくる。勲はこんな状態でも高貴な態度を崩すことなく微笑んでいた。
勲は裕矢に六の宮の籤の結果を聞く、裕矢は白だったと答える。それを聞いた後、勲は一人で七の宮に向かう。

勲を見送った後、何時の間にか眠ってしまった裕矢が朝になって見たもの。
それは高熱にうかされている仲間、顔も分からないくらい殴られて
ぐったりしている仲間、目を開けたまま失神している仲間の姿。
悪夢だった。裕矢は今度こそ救助旗を掲げる決心をする。
旗を掲げた後、背負いきれない絶望に耐えきれず、裕矢は勲の姿を探す。七の宮へ。
七の宮の前には、散らばった籤と封筒が落ちていた。封筒の中身を見ると、
”白は左端”(この辺うろおぼえ。右とか真ん中とかだったかも)。達也が下山した後、河合が仕込んだものだった。
勲の姿はどこにもない。ふと、崖の下を見ると、七の滝が見えた。下では落下して死んでいる勲の姿が。
その姿の醜さに裕矢は嘔吐し倒れ込む。
汚れをはらうための七の滝は、七の滝の水は、枯れていた。


515 名前:本当にあった怖い名無し 投稿日:2006/01/12(木) 12:20:00
>506
長い話をこれだけ要領よくまとめる文章力はすごいと思うが、
それが災いして途中からどう話が転んでいくか見えてしまって、
後味わるいというよりやっぱりという感じになってしまったよ…。

519 名前:本当にあった怖い名無し 投稿日:2006/01/12(木) 13:00:46
なんで勲が自殺したのかも、裕矢以外のみんなが狂った理由もわからない

521 名前:506 投稿日:2006/01/12(木) 13:11:01
長くなるから書かなかったけど、裕矢以外の仲間には、
”自分が弱虫だから”とか”勲が好きだから頑張ってる”とかの負い目を抱えてて、
そうじゃない少年も仲間を信じ切れない邪念に苦しんでいたりして
そういうマイナスの感情が、疲れと不安で一気に爆発するの。
勲は、籤の操作を知っていたけれどそれでも神託はあると信じて籤を引き続けていた。
だから、裕矢一人で引いた籤が白だと知り、それでも七の宮で黒を引いてしまった自分こそが
一番汚れていると絶望したんじゃなかろうか。

525 名前:本当にあった怖い名無し 投稿日:2006/01/12(木) 13:44:29
「滝」っていうタイトルが絶妙だね。
7の滝なんて、その教団が勝手に決めたもので
自然界には何の責任もないだろうに、ただ枯れてただけで
彼らの汚れは一生祓われない事になっちゃうんだねえ。
この空しさと、青年組のあさはかさと、
少年達の純粋さが何とも言えない。
ここに登場しないオトナたちが一番悪いな。
面白かった!GJ!

 

滝