峰打ち不殺(南條範夫)

768 名前:1/2 投稿日:2007/07/18(水) 01:18:09
南條範夫「駿河城御前試合」より「峰打ち不殺」。
さっき読んだら後味悪かったので書いてみる。
これもまだ読み途中なんだけど、ほぼ短編集みたいな感じだから大丈夫かな。
嫌な人はここから2レス飛ばしてください。

この章の主人公・月岡雪之介は、凄腕の剣士である。腕が立つにもかかわらず控えめで
おとなしい性格の彼は、殺すつもりはなかったのに何人か人を切ってしまったことがある。
いずれも相手の言いがかりに端を発し、雪之介はいわゆる正当防衛で剣を振るっているのだが、
雪之介は自分の剣は呪われているのかも知れぬ、と考えるほどに思いつめるようになる。

刀を抜くことの無いよう、雪之介は厳しく身を慎んでおとなしく過ごしているのだが、
恋人の兄に酒席で意味もなく絡まれた末に彼を切ってしまい、
それに黙っていなかった彼の叔父(要するに恋人の叔父)をも切ってしまう。
いずれも先に刀を抜いたのは相手側、勝負のきっかけも言いがかりや嫌がらせなどで、
どう考えても悪いのは完全に相手側なのだが、恋人の身内を二人までも切ってしまったことに
苦悩した雪之介は、恋人に自分を殺してもらおうとする。
しかし事情を知った恋人・三重は「悪いのは兄や叔父のほうであり、雪之介を恨んではいない」と言い、
どこにいても雪之介のことを想っている、という告白と共に、雪之介を逃がす。

雪之介はその後、切りあっても人を殺さないように峰打ちの剣法を極めるようになる。
鍛錬の甲斐あって、刀を抜いた時点では刃のほうを相手に向けているが、
切るときには手の中で刀を回転させて相手には峰が当たるようにする、
ということをほとんど意識せずにできるようになる。

兄という跡目を失った三重の家は、三重の従兄弟・小次郎が次ぐことになった。
小次郎は昔雪之介に助けられたことがあり、雪之介に敬意を払ってはいるのだが、
身内を二人も切られていては、ということで苦悩しながらもあだ討ちに乗り出す。
三重も「願わくは小次郎を殺さないで欲しい」とひそかに雪之介に文を送る。


770 名前:2/2 投稿日:2007/07/18(水) 01:19:12
雪之介と小次郎のあだ討ちの試合は、駿河城の御前試合として設定される。
剣を構えた雪之介の姿にどよめく会場。普段は、まず刃を相手に向けて構え、
切りあうぎりぎりで峰へと刀を回転させて使う雪之介だが、
今回は最初から峰を相手のほうに向けている。小次郎ほどの使い手相手では刀を回転させる一瞬さえ
命取りだと考えた雪之介は、なら最初から峰で切りあえば良いと考えたのだ。
これで相手を殺してしまうことはない。

勝負は一瞬で付いた。峰を向けられて腹を立てて切りかかる小次郎だが、
2、3合打ち合ったあとで血しぶきを上げて倒れる。いちばん驚き、後悔したのは雪之介だった。
慌てて小次郎に駆け寄るが、すでに事切れている。峰を向けて切りあった雪之介だったが、
刀を回転させるという動作が染み付いた体が勝手に動いて、
結果、刃のほうが小次郎に当たって、彼の命を奪ったのだった。
死んだ敗者に必死に呼びかける雪之介の奇怪な行動に呆然となる会場で、
頭のどこかで三重を失ったことを考えながら、雪之介はいつまでもむせび泣いた。

(終)

終始「殺す気はないのに殺してしまう」という雪之介の苦悩が本当に後味悪い。
彼自身が殺意を抱いたことは一度もないのに…
ふたたび跡目を失った三重の家は、三重が婿養子を取って次ぐことになるだろうから
雪之介と一緒になることはできないだろうし(作中にそういう示唆がある。それに、いくらなんでも
身内を殺した雪之介を婿養子にはできないだろうし)、かわいそうで後味悪い。

 

駿河城御前試合 (徳間文庫)
駿河城御前試合 (徳間文庫)