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516 名前:本当にあった怖い名無し :2011/11/01(火) 18:04:30.45
アチラノ・リベラの話

日本プロ野球史上ただ一人のフィリピン出身の選手
1939年に巨人に入団し活躍するも、リベラはこの年限りで帰国し、その後は消息不明となった。

それから28年後・・・1967年にリベラの娘2人が、ユニバシアード東京大会にバレーボールの選手として来日する。
戦前にリベラ夫人の友人だった人が、このことを知って、戦前のジャイアンツ関係者に連絡をする。

しかし皆の反応は冷たく、彼女たちに会って「戦前、お父さんは東京巨人軍によく尽くしてくれました」
と言ったのは川上哲治(※リベラと共にプレーしたチームメイト。当時巨人監督)氏ただ一人だった。
川上氏らが彼女たちから聞いた話によると、リベラはすでに太平洋戦争の只中で戦死していた。

しかし、伝えられていたのは、「フィリピンを日本軍が占領していた間、通訳として働き、
戦後、フィリピン軍によって死刑に処せられた」という悲話だったが、
彼女たちの語る真実はそうではなかった。
リベラは、フィリピン帰国後、再び祖国の有能な税関吏として働いていたが、
そのあと兵役につき、最後は日本兵によって殺されたというのである。

彼にとって、日本でプレーした1年はどんな思い出であったのか。
そして、それが良い思い出であってほしいと願う反面、もし良い思い出であったとしたなら、
その国の兵隊と戦い、最後には殺されたのだとすると、想像するのも辛い話である。

ほぼあるサイトから転載。※は私の注
後味悪いというかせつないというか


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