ホーム » スレ別 » 後味の悪い話 その136 » 大姫

125本当にあった怖い名無し:2012/12/13(木) 09:19:21.11
源頼朝の長女・大姫(本名は一幡姫じゃね?と言われてるが真偽は不明)の話。
大姫っていうのは『長女』という意味。

彼女が6歳の時。
父頼朝と木曾義仲の仲が悪化する。
彼らは和議のため、義仲の息子・義高と大姫を婚約させることにした。
政略結婚と人質の両方の意味を持った婚約であった。

二人は共に鎌倉で暮らし、幼いながら仲を深めていく。
しかし婚約からわずか一年後の1184年の正月。
義仲と頼朝は完全に決裂。木曾義仲は討たれてしまい、頼朝は息子も殺すように命じる。


126本当にあった怖い名無し:2012/12/13(木) 09:23:52.37
侍女からそれを漏れ聞いた大姫は、義高を女装させ、馬を与えて鎌倉を脱出させる。
彼の家人であった幸氏を身代わりとするなど、あらゆる手を尽くして頼朝の目を欺くが、
夜になって義高の逃亡を知った頼朝は激怒。
各所に兵を配備した。

逃亡から五日後。
川へ逃げた義高は、御家人・藤内光澄によって討ち取られた。
この事実は隠されていたものの、どこからか知った大姫は酷く嘆き悲しみ、
食事も喉を通らなくなってしまった。
母・政子は藤内の配慮が足りないと彼を責め、藤内を晒し首にしてしまった。(酷い)


127 本当にあった怖い名無し:2012/12/13(木) 09:29:58.93
しかし大姫の心は回復することはなく、以後13年間義高への想いに囚われ、
縁談は全て断る。最終的に時の帝・後鳥羽天皇への入内も画策されたが、
結局実現せず、大姫は20歳の若さで病死してしまった。

頼朝が義高を殺した理由。
それは未来の禍根を断つという意味だった。
ここで義高を生かせば、自分が清盛に生かされ平氏を討ち滅ぼしたように、
義仲の敵を討つため自分を殺すであろうと考えたのである。
実際、頼朝は自分の助命を口添えした平重盛(清盛の嫡男)の孫・六代も
文覚の進言によって生かしたが、
彼が出家した後に結局殺してしまっている。


128 本当にあった怖い名無し:2012/12/13(木) 09:35:08.13
清盛とは逆に、敵の平氏や義仲の血を根絶やしにした頼朝。
しかし源氏の世も長くは続かず、平氏と同じように権力の座から転がり落ちる。
彼の息子たちも、壇ノ浦に負けず劣らずの悲惨な結末を迎え、
妻政子の血統である北条氏が台頭していく。

因果は巡る結果になった。


129 本当にあった怖い名無し:2012/12/13(木) 09:42:39.38
徳子入内と同じように大姫も天皇の妃に…とか
やってることは清盛と変わらんというかそれ以下な感じがする
まあ実の弟も殺すような人だしな

 

大姫と義高(小説)
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日本の歴史 (7) 鎌倉幕府 (中公文庫)
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