ホーム » スレ別 » 後味の悪い話 その143 » ロザリンド・フランクリン

26本当にあった怖い名無し:2013/09/17(火) 23:58:03.30
DNAの二重らせん構造の発見について。

イギリス出身の研究者、ロザリンド・フランクリンは
30歳の頃にロンドン大学のキングス・カレッジでX線結晶学の研究をしていた。
この研究を応用して、X線によりDNA決勝の解析をすることを研究テーマとした。

彼女は、研究を始めて1年後に
水分量の差によってDNAは2つのタイプがあることを突き止め、
それらを互いに区別して結晶化する方法を確立した。

さらに3年後には、DNAの二重らせん構造の解析につながる
X線回折写真を撮影することに成功した。


27本当にあった怖い名無し:2013/09/17(火) 23:58:39.76
しかし、この成功を快く思わなかったのがフランクリンの研究室のボスで
同じくDNAを研究していたモーリス・ウィルキンス。

彼は、彼女が研究室に来る前からDNAを研究していたため、
「DNAは私の研究テーマであり、君は私のグループの一んであるはずだ。」と彼女に主張した。
これに対し、フランクリンは、
「私はあなたの部下ではなく独立した研究者。DNAは私の研究テーマ」と返した。

ウィルキンスは、彼女のそのような研究に対して曖昧さや妥協を許さない態度を、
陰で「ダーク・レディー(研究に没頭した暗い女)」と呼び、
フランクリンも彼のボスヅラが気に入らなかった。


28 本当にあった怖い名無し:2013/09/17(火) 23:59:16.79
同じ時にDNAを研究していたのは、
ケンブリッジ大学のキャベンディッシュ研究所のジェームズ・ワトソンとフランシス・クリック。
彼らは、同じ研究をしていたフランクリンに自分たちのレポートを見てもらったが、
ダメ出しの嵐を喰らう。

この2人に対し、常からフランクリンの鼻をあかしてやろうとしていたウィルキンスは、
ワトソンとクリックに彼女の撮影した写真を見せた。
が、全員この写真が指し示すものを理解することはできなかった。

しかし、フランクリンは、非公開研究データをまとめたレポートを英国医学研究機構に提出しており、
この研究レポートを英国医学研究機構の予算権限を持っていたクリックの指導教官が入手し、
クリックの手に渡ったことにより、彼らは写真の意味を理解した。


29 本当にあった怖い名無し:2013/09/18(水) 00:00:23.21
フランクリンは、X線の研究をしていたことによって、
卵巣がんと巣状肺炎を患い、37歳の若さで亡くなった。

これを待っていたかのように、ワトソンとクリックはレポートを提出、
フランクリンの死から4年後にノーベル生理学・医学賞を受賞、
今でも教科書ではこの2人の研究成果として載っている。

また、ワトソンは著書「二重らせん」において、
彼女のことを「気難しく、ヒステリックなダークレディ」と述べ、
彼女は長い間否定的な評価を受け続けた。

1980年代に入り、彼女の業績が再評価され、コロンビア大学から賞が贈られたのは、
彼女の死後50年が経ってからであった。


30 本当にあった怖い名無し:2013/09/18(水) 00:30:35.74
何がどうあれ、その研究内容を最後まで持って行ったのは3人だから受賞する資格はあるんだろうけど、
レポートの中でほとんど触れてないあたりやましい意図があったんだろうと思わざるをえんよな
エジソン然り、他人を蹴落とすのも厭わないくらいの人間が最後に笑うってことか・・・

 

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