死の清算(まつざきあけみ)

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まつざきあけみの掌編シリーズ「肖像画はかく語りき」から「死の清算」

病弱な妻A子に先立たれた作家は、編集者B子を後妻にした。
病床のA子が、あたくしは悪妻でした、病気ばかりで貴方に尽くす事もできず迷惑ばかりおかけして…
あたくしを哀れに思し召すのなら、どうかB子さんを後添えになさいまし。
と言い遺したため。

B子は原稿を催促するために作家宅へ通ううちに、
荒れた家の中を見かねて家事をするようになり、作家を尊敬する気持ちがいつしか愛に変わっていた。
後妻に迎えられて嬉しいはずが、作家は自分を愛しているから再婚したのではなく、
「愛するA子」の言いつけに従っただけではないか?と疑ってしまい、気が晴れない。
編集者の立場を越えてあれこれ作家の世話をやく自分を見ていたA子の目付きは
ぞっとするほど冷たいものだったし、作家は死ぬ間際のA子が懇願したので、
A子の肖像画を書斎に飾っているのだ。

うっかりぬるいお茶を出してしまい、
「A子ならこんな事は一度もなかったのに」
と言われたB子は、
(ホホホホ…若く美しく健康なだけのB子さん、貴女は主人の何をご存知なのかしら)
と肖像画のA子に嘲笑された気がして、着物を脱いで作家に抱きついた。


5892/2:2013/10/04(金) 10:22:21.14
「あなた、わたくしを見て…!わたくしを愛しているのなら、
 今ここで…奥様の肖像画の前でわたくしを抱いて下さい…!」
(少女漫画だからはっきりとは描かれないが、行為は完遂された)

やがて作家は病に倒れた。
文壇では、死んで半年も経たずに若い後妻を迎えたから奥方に呪われたんだ、
と面白半分に囁かれている。
B子は献身的に看病しながら、
「あなた、本当にわたくしを愛していらっしゃいますの?
 わたくしだけをご覧になって…そうすればすぐに良くなりますのに」
と訊くのをやめない。作家は、
「何を言うのだ、私は君を愛している。君と結婚できて幸せだった」
と繰り返した。

看病の甲斐なく作家は死に、B子は自首した。
作家が肖像画に接吻しているのを見たB子が、
肖像画の唇に砒素を少しずつ、毎日塗っていたのだった。
夫が自分だけを愛しているかどうか確かめるための悲しい賭けだった。