ホーム » 小説 » 児童文学・絵本・昔話 » 放蕩息子のたとえ話(新約聖書ルカの福音書15章)

844 名前:本当にあった怖い名無し 投稿日:2007/08/18(土) 03:06:34
私が一番嫌いな聖書の中の話。
有名な放蕩息子なんだけど・・・。

ある金持ちには息子が二人いた。
ある日弟は、父親に向かって将来もらうはずの遺産を今ほしい、と申し出、
その金持ちの半分の財産を分け与えられた。
弟は放蕩の旅にでて散財し、すっからかんになった状態で家に帰ってくる。
父は息子の帰還を喜び、一番大切にしていた指輪を与え、大祝賀会を開く。

それを面白く思わないのは兄。
兄は財産を分け与えられることもなく、ただひたすら質素な生活を余儀なくされ、
父親と家のために尽くしてきた。
「家の財産を食いつぶした弟に、なぜ祝賀会を開いてやるのですか?
私は今まで家のために尽力して来ましたが、小さな宴会ひとつ
開いてもらった事がありません。」

父親はそれを聞いて激昂。
「おまえはずっと私の傍にいることができたんだぞ!」

この話しが不条理なもの以外に感じられないんだけど。


845 名前:本当にあった怖い名無し 投稿日:2007/08/18(土) 03:11:23
いや不条理でしょ。無理に良い様に解釈する必要はないよ。

846 名前:本当にあった怖い名無し 投稿日:2007/08/18(土) 03:21:21
常識や文化が違う時代の話を、現在の尺度で判断しようとするのが間違ってる。

848 名前:本当にあった怖い名無し 投稿日:2007/08/18(土) 04:14:54
>>844
この話は当時の信者からも理不尽だとブーイングが起きたので
イエスの補足説明がされているはずだが
その説明をはずすとただのわからん話になってしまう
あとラストが少し違うような希ガス

ま、いずれにしても人生経験の足りない厨学生に理解しろっていっても無理な説話だがなwwww


856 名前:本当にあった怖い名無し 投稿日:2007/08/18(土) 05:55:00
現在の尺度で考えて「後味が悪い」と思うからここに書いてるだけじゃん。
その当時の考えなんてどうでも良いよ。

857 名前:848 投稿日:2007/08/18(土) 05:56:25
聖書を読め、と言うのは簡単だが、どうせ読んでも理解できないんだろうし
かといって真顔で厨学生に説明するのも、自分が馬鹿になったみたいで萎えるんだが・・・
さらっと解説などおば試してみるとするか

>>844
これ父というのは天の王国の「主」であり、弟というのは「罪人」をたとえたものなのよね
ひと言で言えば、「罪人」が救いを求めてきたときのほうが「主」は喜ばれる、というもので、
もちろん当時の戒律から見れば、一度過ちを犯したものは決して赦されないってことになっているから、
それに対してイエスは真っ向から歯向かったわけだ
親鸞の悪人正気につながるような感動的な説法なわけだが、これに拒絶反応を示す844って、
どんだけ子供なんだか、ちょっとどんだけー

あとラストをルカの福音書から引用すると「息子よ,お前はいつもわたしと一緒にいるし,わたしのものは
全部お前のものだ。 だが,このことは祝って喜ぶのにふさわしい。このお前の弟が,
死んでいたのに生き返ったからだ。失われていたのに,見つかったのだ」
とやさしく諭していますな


870 名前:本当にあった怖い名無し 投稿日:2007/08/18(土) 08:16:29
>>844に対する解説は
失っても死んでもいない弟を強調比喩して論点をずらしてるし。
犯罪者を許す心という美談に話を摩り替えて公正さを損なっているし
独善的で不公正なのを否定する根拠は無いね。
唯、時代背景を省みると十二分に画期的で先鋭的な土台となる
優れた思考の一つだと思う。
そして常に時代背景を含めて物象が生じるわけだから。
やはりキリストの名を汚す事の無い優れた説法として評価されるべきだと思う。

 

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『新約聖書』の「たとえ」を解く (ちくま新書)
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一人で学べるルカの福音書
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