月の書(古屋兎丸)
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305 名前:本当にあった怖い名無し :2009/06/19(金) 03:16:55
- 賢者の石で思い出したけど、
入院中に病院の本棚で読んだ何かマイナーな雑誌の読み切り漫画。舞台は中世っぽい海辺の国で、陸から少し離れた島には歴代の王直属の錬金術師が住んでいた。
主人公はいずれ跡目を継ぐであろう見習いの少年で、博識な老師を尊敬している。代々の錬金術師は、毎日ひたすら賢者の石を作るのが仕事だった。
島の地下には、心臓の代わりに赤く光る賢者の石を胸に納めた夥しい人数の少女達が眠っている。
賢者の石は、少女の体に入れておかないと光を失ってただの石コロになってしまうし、
いったん心臓を取り出されて賢者の石の容れ物になった少女も、石を取り出すと死んでしまう。
石と一体になった少女達は二度と目を覚ますことはないが、永遠に死ぬこともなくただ眠り続ける。
島へは、定期的に材料となる身寄りのない少女が船で送られて来ていた。
売られてきた少女を浜から老師の研究室へと案内するのは、少年の役目だった。
貧しい少女達は既にもうどこか諦念めいた気力のない表情で、粛々と進む作業に不思議と誰も抵抗しなかった。ある時、島へ届けられたはずの一人の少女が浜から逃亡して隠れてしまった。
少年は「先生に叱られたらどうしよう」と必死に探し、崖下の洞穴で少女を発見する。
「この島へ連れて行かれた子は、誰一人帰って来ない。きっと人体実験で殺されるんだ!」
今までの少女とは違ってその娘は反抗的な性格で、少年の案内を拒む。
少年は、先生が行っているのは崇高な研究で、少女達は永遠の命を手に入れたのだと説明する。
しかし少女は、そんなの生きてるとは言わないと食ってかかり、少年は言葉に詰まる。
とりあえず後日説得しようと、少女を洞穴に残して少年はいったん屋敷に戻った。
島へ届けられる少女の受け渡し業務は少年が日程管理していたせいか、
今日の少女が部屋に届いていなくても、師匠は特には少年に何も問わなかった。
少年は少しほっとした。
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306 名前:本当にあった怖い名無し :2009/06/19(金) 03:19:07
- それから何日も少年は食料品などを持って洞穴へ通い、少女を説得しようとするのだが、
少女はいっこうに出てこようとする気配はなかった。
おそらく物心つく前の幼い頃に自分もこの島へ売られて来、今まで孤島で老師と二人
勉強だけを教わりながら育ってきた少年だったが、次第に少女と打ちとけて
まだ見たことのない陸の街や市場の様子などを話に聞くのが楽しみになっていた。ある小雨の日、少女は体がだるいと言って少年にじゃれついてきた。
そして、親兄弟は既に亡く、ここに来る前は兵隊相手に幼女売春をして生活していたのだと身の上を明かす。
意味が解らない少年だったが、少女は「こういうことよ」と言ってドギマギしている少年を押し倒す。
『―――頭が真っ白になった。あれが、私の人生でただ一度きりの性体験だった。』
という少年のモノローグ(たぶん後年の回顧)が入る。少女は、少年は幼い頃から外の世界を知らずに育ち、老師の言葉だけが正しいんだと思い込んでいる、
外の世界を見るべきだと言う。そして、私を連れて一緒に逃げてくれと懇願する。
少女に感化された少年も町の暮らしに興味を持ち、ただ、やはり師匠に黙って抜け出すのは恩に反するので
一生懸命に事情を話して破門にしてもらい島を出るのだと、少女に約束していったん洞穴を去った。しかし、思い切って話を切り出す機会を掴めないまま、翌日また洞穴へ様子を伺いに行くと、
少女の体調はさらに昨日から悪化し、高熱を出して肌に斑点が浮かんでいた。
どうやら島へ来る前に伝染病をもらっていて、潜伏していたのが発症したらしい。
「待ってて、先生ならきっと治す薬を知っているはずだ」と少年は屋敷へ向かう。
その時、洞穴を出ると対岸の城街が真っ赤に燃え上がっているのが見えた。
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307 名前:本当にあった怖い名無し :2009/06/19(金) 03:20:56
- 驚いて師匠の許へ向かい「あれは何ですか!?」と訊ねる。が、老師は部屋の中で毒をあおって死んでいた。
「先生、これはどういう意味ですか!?」と少年が机の上の遺書を拾い上げると、そこには
歴代の錬金術師は賢者の石を一定数集めて強大な武器(鉄壁の要塞?…詳細は忘れた)を造ることを目的とし
数百年計画で王家からの庇護を受けていた旨、しかし完成を待たずして王国は今まさに敗戦で滅亡した旨、
秘伝の術の情報を他国へ渡さないために、予てからの約束で
王国の滅亡時にはこの館も自爆するよう仕掛けてあったこと、
そして、自爆装置を作動させ、老境の自分はもはやこの島と運命を共にする覚悟だが
年若く将来のあるお前は匿っていた少女を連れて爆発前に島外へ逃げなさい、と書かれてあった。
今まで外界を知らず学問の世界だけで生きてきて、これから世間で働いて自力で食べていくのに
並大抵でない苦労をするであろう少年の身を気遣う言葉もあった。先生は僕が少女を隠しているのを知っていながら、黙って見逃してくれていたんだ、と
少年は老師の親心を嬉しく思う反面、今まで純粋な学問のためと信じていた賢者の石作りが
一国の戦争の道具という世俗的な目的で、尊敬する師匠がそんなものに協力していたのだと知って
やり場のない激しい怒りを覚えた。
少年は病身の少女を船に乗せ、島から漕ぎ出した。しばらく行って島から離れた頃、
館は大爆発し、島もろとも崩れて海に沈んでいった。少女は既にかなり衰弱しきっており、船上の少年の腕の中でやがてゆっくりと息を引き取っていった。
燃え上がる王都と対岸の島を見つめ、これからの事を漠然と考えながら、少年は
あの沈み行く暗い海底にあっても、赤い石を胸に抱いた何百・何千人という少女達は
目を閉じたままこれからも永遠の鼓動を打ち続けて行くのだろう、と遠く思いを馳せていた。なんか上手くまとめられなかったけど、線を重ねたようなタッチに独特の雰囲気がある絵の漫画だった。
しっかし、未だに謎なんだが、なんでこういう憂鬱な話を病院の本棚に置いていたんだろう…。