切腹

587 名前:1/4 :2012/04/13(金) 19:16:39.50
たぶん既出かも知れないが、映画『切腹』

武勇の誉れ高い井伊家の江戸邸に、津雲半四郎と名乗る浪人が訪れた。
曰く「生活に困窮し、これ以上生き恥をさらして生きるよりは、いっそ武士らしく切腹して果てたい。
ついては最後の死に場所に、当家の庭先をお借りしたい」と言う。
邸の奥で、家老・斎藤勘解由は「また来おったか」と苦り切った。
過日、食い詰めた浪人がさる大名家の庭先で同様の申し入れをしたが、
その志を買われてその家に抱えられるようになった。
それだけならば良かった。その者は真実切腹しようと思ってやってきたのだ。
しかしその後、江戸の街では諸大名家に二番煎じの浪人者が押し寄せ、
厄介ごとを嫌う諸家は幾許かの金を渡してそれを追い払うという、
いわば浪人による強請たかり紛いの行為が横行していた。
庭先に通された半四郎を前に、斎藤は言う。「お主はまさか違うと思うが、全く武士の風上にも置けぬ困った風潮でな」
これを聞いた半四郎は、自分は違う、本気である、とあくまで言った。
切腹の準備が整えられる間に、斎藤は半四郎に語り始めた。
「先日も何某という若い侍が、同じように言ってきたことがあった」


588 名前:2/4 :2012/04/13(金) 19:18:16.53
半四郎に先立ち井伊邸の門を叩いた者は、千々岩求女(ちぢいわ もとめ)という若侍だった。
井伊家は求女の申し状を聞くと一室に通し、死装束を用意するから待てと言い渡した。
死装束とは口実で、運ばれてくるのは金に違いないと思った求女は、「こんなに上手くいくなんて」とほくそ笑んだ。
しかし井伊家は昨今の浪人の致しように憤慨しており、
その風潮を戒めるため、また井伊家の武勇を天下に知らしめるため、
見せしめとして求女を本当に切腹させることに決めていた。眼前に死装束が運ばれると、求女は青くなって言った。
「どうか、どうか一両日のご猶予を!一両日待ってさえ下されば、必ず戻ってきて腹を切ります!」。
しかしそれは許されず、求女は庭先に引き立てられた。そこにはしっかりと切腹の場が整えられていた。
さらに求女は愕然とする。用意されていたのは竹光である自分の刀だった。
求女を待たせている間、家臣がその刀を検め竹光であることを知りながら、
あえてそれで腹を切らせようとしているのだった。
求女は狼狽するが、家臣は矢継ぎ早に言葉を浴びせて急かした。
やがて求女は破れかぶれで竹光を腹に突き立てるが、切れるはずはない。
それでも求女は何度も刀を腹に突き立て、血が滲み始める。井伊の家臣団は嘲笑いながらそれを眺めていた。
求女が思い切り体重を掛けると、ついに腹が貫かれた。しかし、介錯人が刀を振り下ろす気配がない。
地獄のような苦痛に苦しむ求女が舌を噛み切ると、ようやくその首が打たれた。

589 名前:本当にあった怖い名無し :2012/04/13(金) 19:20:28.34
話を聞き終えた半四郎は、「それでは」と切腹の準備に掛かったが、その前に最後の望みとして、
井伊家中で知られた腕利きに介錯をしてもらいたいと言い出した。斎藤はその希望を聞き入れたが、
半四郎が名を挙げた沢潟彦九郎は病欠、次に挙げた者も病欠、三人目も病欠だった。
不審を感じた斎藤は沢潟の元に使いを走らせた。
半四郎はそれを見送った後、「では、拙者の身の上話でも」と、静かに語り始めた。

半四郎はもと広島藩士だったが、藩主の福島家は僅かな瑕疵から幕府によって取り潰され、
家中は散り散りとなって半四郎も浪人になった。先の話に出てきた求女は
かつて腹を切った自分の親友の子であり、娘婿だった。
半四郎は求女夫妻、孫と一緒に江戸に出てきたが、新たな士官先があるわけでもなく、生活は苦しかった。
そんな折、娘が病に伏せ、孫もまた高熱を出した。しかし医者に診せる金はない。
刀を売れば幾許かの金にはなるが、武士の魂を金に換えることを半四郎は思いきれなかった。
すると、求女は金策に心当たりがあると言って何処かへ出掛けていった。
夕刻になっても戻らず心配していると、井伊家の者が求女の死体と共に半四郎の家を訪れる。
井伊家の者は事の次第を説明すると、「竹光の切腹は見苦しい」と言い捨てて帰って行った。
半四郎は求女が生活のために刀を売っていたことも知らなかった。
悲しむ娘の傍らで半四郎は自分の刀を抱き、「俺は、こんな物のために……!」と慟哭する。

「奈落の底に喘ぎうごめく浪人者の悲哀など、衣食に憂いのない人には所詮わからぬ。
所詮武士の面目などと申すものは、単にその表面だけを飾るもの」と、半四郎は斎藤に語りかけ、
そちらも武士であるならば、なぜ一両日の猶予を願う求女に、
その理由を聞いてやるだけの情けを持たなかったのかと訴える。


590 名前:4/4 :2012/04/13(金) 19:22:24.16
そこへ、使いの者が帰ってくる。沢潟彦九郎は病が重く面会できないという。
すると、半四郎は懐から髷を取りだした。半四郎が介錯を願いたいと名を挙げた3人は
特に求女をなぶった者であり、いずれも半四郎に髷を取られていた。
3人は江戸中に轟いた剣の使い手だったが、戦国の世を生きた半四郎はそれを遙かに上回っていた。
「実戦の経験を経ぬ剣法など所詮は畳の上の水練」。髷をひとつひとつ放り投げながら、半四郎は言った。
「武士道などと言いながら、髷が伸びるのを待って出仕もできぬ腰抜けばかり。
それでよくも金に困った若者をなぶり殺しにできたものよ。
どうやら井伊の武勇とやらも、所詮武士の体面の上辺だけを飾るもの!」半四郎は哄笑した。
斎藤は狼狽し、手下に半四郎を斬るよう命令する。半四郎は家中の者を相手に大立ち回りを演じるが
邸の奥で鉄砲を持ち出され、命運尽きたと腹を切って果てた。
多くの者が半四郎に斬られたが、斎藤は「井伊家中に浪人者に斬られる者などおらぬ。
津雲半四郎は切腹、死傷者は病死とせよ」と命じた。破壊された箇所も血の痕跡も速やかに消された。
江戸の街に改めて井伊家の武勇は鳴り響き、老中よりも賞讃の言葉があったと記録には伝わる。

607 名前:本当にあった怖い名無し :2012/04/14(土) 13:06:18.69
>>587
これ井伊家は良い迷惑で後味悪いよな

求女は同情の余地あるかもだけど、半四郎の言うように理由聞いたところで、
求女の言い分がほんとかどうかなんて井伊家には確かめようないし、戻ってくる保証もないし
いたぶって殺したとかも今の感覚では悪いかもしんないけど、江戸時代は普通に拷問刑あったしな
半四郎が求女に金の工面のあてについて詳しく聞かないのも悪いし、
死ぬ死ぬ詐欺やって殺されたから復讐ってDQNかよって思うしな
食い詰めの死ぬ死ぬ詐欺浪人一人一人に一々丁寧対応なんてしてらんないだろ

 

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