沼(小松左京)

145 名前:本当にあった怖い名無し 投稿日:2005/06/25(土) 02:52:02
小松左京の短編、「沼」というお話し。
当時4歳位?の主人公の少年は地方に住んでいて、
田舎の子供らしく毎日日が暮れるまで遊びまわっていた。
彼は一つ年上の友達~少年A~といつも一緒だった。
野に山に遊ぶ場所はいくらでもあったが、
近くにある大きな森だけには近づいてはいけないと、周囲の大人達に言われていた。
鬱蒼としていて昼なお薄暗くじめじめとしたその森、その中程に沼があった。
黒くどろりとよどんだその周囲は、どこもかしこも細長い草が水の中に落ち込んでいて、
一度足を滑らせたら大人でもなかなか這い上がることは出来なかった。
実際、昔その沼で命を落とした子供もいるらしい。

146 名前:本当にあった怖い名無し 投稿日:2005/06/25(土) 02:54:07
ある日、Aが森に行って見ようと少年を誘った。
少年は全く行きたくなかったのだが、沼にさえ近づかなければ大丈夫と
半ば強引に誘うAを拒むことは出来なかった。
日も傾いてなお一層薄暗くなった森に二人は足を踏み入れた。
あるのだかどうかも定かでない踏み後程度の道を、二人は無言で森の奥へと進んで行く。
しばらくして「ピチャン…」。遠くで何か水の音が聞こえたような気がした。
急に足を止めて振り向くとそこにAの姿はなかった。あれッと思ったら、また「ピチャン」…。
周囲はもうかなり暗くなっている。あたりを見渡してもAの姿は見えない。
「…ケテ…」。何か聞こえたような気がした。固まりながら耳を傾けるとまた「タ…スケ」。
少年はゆっくり歩き出した。「タス…ケテ…」先ほどよりはっきりと背後から聞こえる。
まさしくAの声だった。次第に少年ははや歩きになり「たすけて…」、やがて走り出した。
恐ろしかった。無我夢中で走った。ワンワンと泣きながら…
「助けてー!」Aの声はもはや悲鳴に近かった。どうするこできなかった。
ただただ恐ろしくその場を離れたかった。
翌朝Aの死体が沼に浮かんだ。幼い心に友達を見殺しにしたという想いが刻み込まれた。

148 名前:本当にあった怖い名無し 投稿日:2005/06/25(土) 02:57:45
数十年が過ぎて、高校を卒業し都会で暮らしていた少年は、久し振りに故郷の駅に降り立った。
殺風景な駅前は以前と何も変わっていない。
懐かしさに浸りながら、夕暮の小道を歩き出した。
(近道だからあの森を通っていこうか…)
当時のことが胸をよぎったが昔のことだからと森に入って行った。
あの時と少しも変わっていないあの森の中に…。
中程まで来て「ピチャン…」水か何かの音が聞こえたような気がした。
しばらく立ち止まり耳を澄ませたがどうやら気のせいのようだ。
いまだにあの時のことが忘れられない自分に軽く嘲笑しながら再び歩き出した。
すると「…スケテ」。心臓が高鳴った。さらにはっきりと「タスケ…」。
彼は歩を早めた、(あの時と同じだ…)「たすけて」もうそれははっきり聞き取れた。
彼は走り出した。(許してくれ!)背後から「助けてー!」(あの時はどうすることも出来なかったんだ!)
途中何度か転びながら全身汗だくになって森を駆け抜けて行った。
何とか息も落ち着いて家に着くと、叔父が玄関先で出迎えてくれた。
「やあ、よう帰ってきたな。まあまずはお入り。おや?途中、孫と会わなかったかね?
 駅まで迎えにやらせたんだが…、ははーん、あいつめ森の中を行ったな…。
 あれほあそこは通るなと言ったのに」

 

夜が明けたら (ハルキ文庫)
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