病弱な子どもと老犬
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55 名前:1/3 投稿日:2005/08/30(火) 00:12:56
- では、だいぶ昔に読んだ小説の話などを…
難病にかかって余命わずかの少年がいた。
物心ついたころからの入院生活で友達もいない。あるとき、病院の中庭を看護婦に連れられて散歩していて、
飢えた野良犬を見つける。
野良犬は、もとは人に飼われていたらしく、必死にえさをねだる。
みすぼらしい薄汚れた老犬である。
やがては餓死するか保健所送りになるか。
いずれにせよ先は長くない犬である。少年は、この犬に同情してしまった。
「ねえ、飼ってもいいでしょう」
医師は衛生上の理由から難色を示すが、母親が
「この子は、あの犬に自分を重ねているんだと思います。
どうぞ好きにさせてやってください。」
というので、ついに折れる。
病院の敷地の片隅に犬小屋を作って飼うことになった。
赤い首輪をつけてやった。
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57 名前:2/3 投稿日:2005/08/30(火) 00:13:38
- 少年は容態のいい日は、いつもその犬小屋に行った。
野良犬は身体がよくないのか、少年の膝に頭をのせて
甘えた声を出すだけである。少年の病状が悪化した。もう散歩はできない。寝たきりである。
「ねえ、あの犬は元気? ちゃんとえさをあげてる?」
少年は犬のことばかりを気にする。
野良犬は不思議にも、えさはきちんと食べるのに衰弱していた。
もう足腰も立たない。
まるで少年の病状にあわせるかのように。雨の日。少年はゼエゼエと苦しい息をしながら、
「あの犬をここに連れてきて…ねえ…かわいそうだよ…
こんな日に、こんな日に…ひとりなんて…あんまりだよ」
母親が思い余って野良犬を病室に抱いて運んでくる。
もう野良犬も立てなくなっていたのだ。
少年は弱った犬を見て、一筋の涙を流す。
「ひどいよ…あんまりだよ…」
野良犬のことを言っているのか、自分のことを言っているのか…少年の容態が急変した。集中治療室で精一杯の手当てはしたが、
甲斐なく死亡した。泣き崩れる少年の両親。
医師は、その場にいたたまれず、少年の病室に行く。
野良犬のことが気になったのだ。
「ひょっとして、あの犬も死んだんじゃ…」野良犬は姿を消していた。
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58 名前:3/3 投稿日:2005/08/30(火) 00:14:10
- 一月後、医師は所用で隣町の病院に車で出かけた。
途中、一頭の犬を轢きそうになるが、犬は敏捷によけた。
犬はそのまま、医師と同じ方向に走っていく。
赤い首輪をしたその犬は、あの犬とそっくりだったが、
はるかに元気そうだった。
それをバックミラーでみつつ、医師は「まさかな…」と思う。用事が終わって、隣町の病院を出たとき、少女の声が聞こえてくる。
「ねえ、看護婦さん。なにかえさをあげてやってちょうだい。
かわいそうよ。この子、こんなに弱っているんだもの」
それと同時に、「くぅーん」と切なげな犬の声がした。
医師がハッとして振り向くと、青白くやせ細った七歳くらいの少女が、
車椅子に座って看護婦にしきりに訴えているのが見えた。
少女が撫でているのは、あの赤い首輪の老犬だった。老犬は、視線を感じたのか医師のほうを見た。
老犬は医師を認めると一瞬「へっ」とせせら笑った。
それを医師は確かに見た。老犬は、すぐに少女に悲しげな目を向け、くぅーんと鳴いた。