お玄関拝借(山田風太郎)

686 名前:1/3 投稿日:2007/06/22(金) 18:28:33
山田風太郎の時代短編『御玄関拝借』
(確か、徳間文庫の『地獄太夫』に収録だったと思う)

頃は徳川幕府初期。食い詰め浪人とDQN町人のコンビが考え付いた、奇妙な金儲け方法。

大名の屋敷の門前で、
「拙者、あまりの困窮に耐えかね切腹を決めた。その為、せめて最期を飾りたく、
 失礼ながらこの御屋敷の玄関をお借りしたく候」
と口上を述べる。
玄関先を縁もゆかりも無い奴の血で汚されてはたまらぬから、
住人は「これをやるから、どっかいってくれ」といくばくかの金を掴ませて来るだろうという寸法。

これがまんまと大当たり、何度も繰り返すうち、DQNコンビはかなりの儲けを手にする。
あんまり儲かりすぎるので、取り分でもめてコンビ解消。挙句に模倣犯まで出る始末。
こうして巷に一時、切腹詐欺が流行する。


687 名前:2/3 投稿日:2007/06/22(金) 18:29:47
そんな折。DQN町人の隣に住んでる老人は、かつて豊臣方の武士。
今は市井の者として、相次いで亡くなった息子夫婦の忘れ形見である、
まだ言葉も喋れない赤ん坊の孫を男手一つで育てている。

ある深夜、夜泣きする孫をあやそうと、おぶって歩き子守唄を歌っている老人に、
例のDQN町人が「うっせえ」と文句をつけに来る。
詫びながら、自身の困窮状態と孫の行く末を案じる老人に、
DQN町人は「アンタも切腹詐欺やりゃいいじゃん」と勧めるも、
老人は「武士たるもの、そんな真似は出来ない」と突っぱねる。
(DQNの出番はこれで終了)

だが、状況が一変。
ある日、孫が高熱を出した。つましい暮らしがやっとの老人に、医者を呼べる金など無い。
老人は孫のために恥を忍んで、とある大名屋敷の前に赴き切腹詐欺の口上を述べた。

しかし、相手が悪かった。屋敷の主はまだ若いながらも幕府の重職につく者。
加えて切腹詐欺の横行を常日頃苦々しく思っていたため、
老人のことを聞いても「死ぬなら勝手に死ね。いいからほっとけ」と指図。


688 名前:3/3 投稿日:2007/06/22(金) 18:31:17
そんな当主に、当主より年配の、
たまたま居合わせた同僚(だったか上役だったか)が、将棋を指しながら言う。

自分達の政治が悪いからこんな詐欺が横行する。
そもそも、武士ともあろうものが物乞いの真似をするのは、よくよくの仔細があるのではなかろうか。
富める者が貧しき者に施す、これ正道の一つかもしれぬ。

その諌めを聞いて収まりが悪くなった当主は、小姓を呼び、老人に金を恵んでやれと言い直す。

玄関先で切腹の口上を述べても、誰も応答する事も無く、
老人はぽつんと、ただただ長い時間立ち尽くしていた。
老人の胸には、生き恥を晒してここにいるにも関わらず、
応えるものは何も無いという、二重の屈辱が渦を巻いていた。
それでも、ただ一心に病の孫のために耐え忍んでいる老人の前に、
やっと小姓が現れ、金の入った袋を投げてよこす。
その時、老人は小姓の目の中にあった憐みと、嘲笑と、侮蔑とを見て取り、
更にその向こうの『徳川』を感じてしまう。
瞬間、『病の孫を案ずる祖父』ではなく、『豊臣の武士』である意地と誇りが老人の心を満たした。

「徳川め、愚弄するか! 我が意地しかと見よ!!」
憤怒の声をあげ、老人はその場で一気に腹を裂いた。

場面は移り、老人の小さな住まい。
何も無いその部屋の真ん中には、熱を出した赤ん坊が粗末な布団に横たえられている。
高熱に浮かされたぼんやりした視界の中、赤ん坊は祖父の手作りのおもちゃを取ろうと、賢明に手を伸ばしている。
そうして、祖父の帰りを待っている……(終)

山田風太郎は長編短編問わずしょっちゅう、身も蓋も無いとしか言いようの無い
バッドエンドや鬱エンドを持ってくる人なので、そんなの慣れていたつもりだが、
これは老人の辛さとか、この後赤ちゃんどうなっちゃうんだよとか重すぎて、
真剣に読まなきゃ良かったと思い、以来初読以来読み返してない(だから細部はちょっと間違ってると思う)


691 名前:本当にあった怖い名無し 投稿日:2007/06/22(金) 19:10:24
>>686-688
長文乙。
爺さん、武士の意地より赤ちゃんを取れよな……。

699 名前:本当にあった怖い名無し 投稿日:2007/06/22(金) 19:49:15
>>686
老人のプライドものは勘弁だ…
後味悪いっつーか無条件で複雑な気持ちになって見てられんorz

700 名前:本当にあった怖い名無し 投稿日:2007/06/22(金) 20:31:05
>>691
無茶言うなよ

 

地獄太夫 初期短篇集―山田風太郎妖異小説コレクション (徳間文庫)
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