モーリスとネコ(ジェームズ・ハーバート)

393 名前:1 投稿日:2008/01/27(日) 04:27:02
昔短編集(ミニミステリだか何だか)で読んだ作品。
ブラッドベリかマシスンだったかすら記憶にない(苦笑

主人公は厭世的な性格で誰とも関わりを持たず、来たりくるであろうホロコーストに備え、
独り生き残るべく考えている男。

男は収入の殆どと仕事外の時間を注ぎ込んで、自宅の庭に核シェルターを製作していた。
近所中から変人の謗りを受けても、『生き残るのは自分だけだ。馬鹿どもめ』とシェルター建造に勤しむ。
やがてシェルターは完成し、男は食料や諸々の機材を運び込んだ。
隣家の人妻はいい女なので、有事の際には自慢のシェルターに入れてやっても良いな、とちょっと思う。
下半身の疼きを感じながらも、男は首を振ってその考えを振り払う。
限りある食料だ。少しでも長持ちする方が良い。
それに女という生き物は我侭で、自分は翻弄されるに違いない。

かくして終末の日は訪れた。
シェルターに入る彼に近隣の住人たちが「入れてくれ!」と迫ってくる。
散々人を嘲笑っておいて、今更何を言うのか、この馬鹿どもは。
男は無言でハッチを閉じた。
切羽詰った住人どもの形相を思い出し、卑屈な笑みが漏れる。
「生き残るのは用意周到な俺だけだ」


394 名前:2 投稿日:2008/01/27(日) 04:28:11
凄まじい振動と轟音に身を竦めながら、男はじっと息を潜めていた。
どのくらいそうしていたのか定かでないが、ふと気付くと辺りは静寂に包まれていた。
地上の放射能が危険レベルより下がるのに何日要するのだったか、記憶を探る。
一先ずは腹ごしらえだ。一ヶ月はここに篭っていられるのだから、焦って地上に出る必要もない。

缶詰を食べ始めた時、それが姿を現した。
何時の間に紛れ込んだのだろう、それは一匹の猫だった。
愛嬌の欠片もない不細工な猫。
疎ましいとは思ったが、自分共々生き残った、云わば戦友みたいなものだ。
惜しくはあったが、缶詰を分けてやった。

数日を経て、男は早くも孤独感に苛まれていた。
誰かに会いたい、話したい、狂おしいまでにその思いは強まる。
いっそ地上に出てみようか、そんな誘惑も感じる。
そんな彼を何とかシェルターに繋ぎとめていたのは件の猫だった。
全く懐こうともせず、餌だけかっさらって物陰に逃げ込む不細工な猫。
男にとってはそんな猫ですら、孤独を紛らわせる唯一の存在だったのだ。


395 名前:3 投稿日:2008/01/27(日) 04:28:37
様々な手を尽くして猫を手なづけようとする男だったが、猫は全く彼を信用しようとしなかった。
そして両者の関係が完全に崩壊する時が来た。
油断していた猫を、男は強引に抱きしめたのだ。
結果として男は散々な引っ掻き傷と噛み傷を負う事になった。
腹を立て、猫への餌を与えなくなった男だったが、猫は何なく餌をせしめては嘲笑にも似た鳴き声を上げる。

憤慨した男は、全力を込めて重い缶詰を投げつけた。
当たるとは思っていなかったその一撃は猫を直撃し、その背骨をへし折ってしまった。
猫はそのまま機材の隙間に落ち込み、それきり声も立てなくなった。
だが男は後悔などしていない。
あんな糞猫など居ない方がマシだ。なまじ存在しているから情にほだされてしまったのだ。そう思った。

その直後、シェルターを強烈な振動が襲った。
凄まじい衝撃の後、男は思い当たった。
瓦礫だ、と。
近隣の、まだ残っていた建物がシェルターの上に崩れてきたのだ。
更なる事実に男は気付く。
換気システムが動いていない。さっきの衝撃で破損してしまったのだろう。
地下にあるシェルターは、いずれこのままでは酸欠状態になってしまう。
今こそこの場を出るべきだ。男の決断は早かった。


396 名前:おわり 投稿日:2008/01/27(日) 04:31:02
はしごを上り、ハッチに手をかけた男は愕然となった。
動かない。
ビクともしない。
落下してきた瓦礫がハッチを完全に圧迫してしまっている。
その途端、腐臭が鼻についた。
猫だ。
隙間に落ち込んだ猫の死骸が腐り始めているのだ。
換気の効かない密室の中、腐臭はどんどん強くなる。
時折眩暈に襲われるのは酸欠の前兆だろう。
躍起になって猫の死骸を取り除こうとする男だったが、それも無駄だと分かった。
奥にありすぎて手も届かない。
仮に届いても何処にその死骸を置くのか。
どんどん酷くなっていく腐臭と、薄れていく空気。
こんな死に方は嫌だ、気が遠くなる。
酩酊にも似た感覚の中、おぞましい腐臭に包まれる。
『にゃあぁぁぁん』
嘲笑うような猫の鳴き声が聞こえた気がした。

こんな死に方ヤダ、の候補に間違いなく入るであろう作品。
そこはかとなくブラム・ストーカーの『牝猫』を想起する雰囲気が面白いなぁ、と
思った佳作でした。 


398 名前:本当にあった怖い名無し 投稿日:2008/01/27(日) 04:40:12
でも猫殺さなくても死ぬ運命だったなら
あんま関係なくね?

399 名前:本当にあった怖い名無し 投稿日:2008/01/27(日) 05:06:23
いやいや、クドくなるんで書かなかったんですが、
『男は猫がいたから外に出なかった』という
ある意味中毒(自分以外の存在への)めいた表現も見て取れるんですよ。
もし未だ外が危険状態だったら猫まで殺しちゃうじゃないか、みたいな。
それが男の”逃げ”と思い遣りとが綯交ぜで良い感じに読ませてくれました。
『運命』というよりは『間が悪い』が正しいんじゃないかな、と(笑

 

ナイト・ソウルズ (新潮文庫)
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