芋虫(丸尾末広)
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73 名前:本当にあった怖い名無し :2010/06/23(水) 23:21:28
- 死ぬほど既出とは思うが、江戸川乱歩の「芋虫」を、丸尾末広版で。
ぼかしたけど一応エログロ注意報。時は戦後。
出征した夫が、シベリアから戻ってくるとの知らせに時子は病院へ向かった。
周りの女性たちは口々に彼女を羨んだ。元々、将来を約束された軍人の夫である。
戦争で夫を失った女性たちの中に措いて、夫を出迎えることのできる時子は羨望の的だった。「驚いてはいけませんよ、ご主人の怪我は尋常じゃありません」
病院で、夫との再会の前に医者はそう言った。
そしてそれは、決して大げさなものでは無かった。病床に横たわる夫は、顔中が包帯に覆われ、体は布団に包まれていた。
目だけがぎょろりと、時子を見ていた。
思わず怯む時子に、医者は続けた。
「内耳も声帯も損傷しています。話すことも聞くこともできません」
呆然とする時子の目の前で、看護婦は無情にも夫の包まる布団を剥ぎ取った。
そこには、両手と両足を失い、胴体だけとなった芋虫のような夫の姿があった。「奇跡です!これだけの負傷で生命をとりとめたのは――どの国にも実例はありますまい」
得意満面な医者の言葉に、時子は震える手で夫の顔の包帯を取り除く。
鼻に付けられた膿だらけのガーゼを剥がすと、鼻が欠け、以前の面影など微塵も無く
化け物のように醜く焼け爛れた夫の無残な顔が、時子をのぞきこんでいた。「これからは、奥さん。あなたが須永中尉の看護婦となってください」
これからずっと、この化け物の世話をしていかねばならないのだ。
恐ろしい現実を突きつけられた時子は、そのまま、意識を失った。
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74 名前:本当にあった怖い名無し :2010/06/23(水) 23:22:40
- 「日露戦争の英雄 シベリア出兵で無残な廃兵に」
風に吹かれて舞う新聞記事には、煽情的な見出しが躍る。「時子さん。弟のことはどうか、よろしくお願いします」
家へ連れ帰った夫を前に、義兄夫婦はささやかな見舞金を置いた。
これ以上一秒たりともこの場に居たくない、そんな表情を見せて、そそくさと二人は立ち去った。
荒れ果てた戦後の地に、時子は廃人となった夫とたった二人、取り残されたのだった。間借りした狭苦しい離れの部屋で、時子は四六時中夫の世話をする。
小用を訴えれば尿瓶をあてがい、かんしゃくを起こせば宥める。
夫との意思の疎通は、彼が唇に咥えてたどたどしく書く文字で行った。
耳の聞こえない彼へはまた、文字で接するしかなかった。
夫はぎらぎらした目で時子の文字を追った。年金だけでは苦しい生活の中、世話になった夫の上司に会いに行けば
置き去りにした事を文字で詰られ、仕事をしようにも食事すらできぬ夫一人を
置いてゆくわけにもいかず、化け物のようになった夫の看病に明け暮れる。
誰も手助けしてくれるでもなく、噎せるような膿の臭いに塗れ、焼け爛れた皮膚に
軟膏を塗り続ける、息の詰まるような日々が続く。夫の食欲は増している。耳も聞こえず声も出せず、自分一人では歩くことすら出来ない夫の
数少ない楽しみは食事であった。焼け爛れた唇から唾液を零しながら、まるで動物のように
食物を食む夫の世話を、時子は黙々と続ける。
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75 名前:本当にあった怖い名無し :2010/06/23(水) 23:23:50
- そして動物的なのは、食欲だけではなかった。
時を選ばず、夫は時子の体を求める。拒否しても、口で着物の裾を噛み時子を転ばせて、
その上にのしかかる。そこしか自由にならぬ唇で時子を苛み、動物のように自らの欲を満たす。
悪夢さながらに厭わしいその行為はしかし、月日が経つに従って彼女をもまた虜にしていった。閉ざされた部屋で、誰の介入も受けぬまま、化け物に成り果てた夫の世話をし続ける中で、
時子もまたその行為に溺れるしか、逃避の術が無かった。四肢の無い夫との性行為は、
次第に時子の心を蝕んだ。そしてそれは、時を追って異常なものへと変質していった。
間借りした、暗く狭い離れの部屋は、手足が無く、顔の焼けだれた芋虫のような男と、
匂い立つような熟した女が二人、常軌を逸した性行為を行う場所へと変貌した。
そして夫の目はそれにつれ、次第に無機質なものになっていった。無残な廃人、黄色い肉の塊、気の毒な芋虫。それを時子は今夜も弄ぶ。
もはやそれは夫などではなく、時子にとっては肉欲を満たすただの肉塊でしかない。
「こんな体になった人間は、一体何を考えるのだろう」
そう思いながら、時子は性行為の疲れに身を委ね、眠りにつく。
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76 名前:本当にあった怖い名無し :2010/06/23(水) 23:24:36
- 夫に対して次第に嗜虐的になる自分を、時子は抑えがたくなっていた。
「あなたは蚊のひとつすら、自分で追い払うことはできないのよ。私がいなければ何も、
何一つできないのよ!」
かんしゃくを起こし、夫の前で時子は叫ぶ。
「何なのその目は!?私を蔑むの?なんなの!」
夫の性器を掴んだ時子は、それが意のままにならない事に更に苛ついた。夫はただ、時子を悲しい目で見つめるだけである。
激昂した時子は、自分を見つめ続ける目を、無我夢中で押えてしまう。
「なんなの!なんなの、こんな目!!」
ひいいいいい!
声にならない叫び声に、時子ははっと我に返った。夫の、唯一の外界との接点であった視力、それを時子は奪ってしまったのだ。
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77 名前:本当にあった怖い名無し :2010/06/23(水) 23:28:18
- 夫は今、耳も聞こえず言葉も出せず、目すら見えない――最暗黒に、妻の手によって
突き落とされてしまった。それはどれほど、―― 一体どれほど恐ろしいことだろう。
時子は一心に、夫の体に指で文字を書いた。
「ユルシテ ユルシテ ユルシテ」
彼の肌に指で文字を書く、それしかもう、彼と意思の疎通を図る術は無いのだ。己の仕出かした罪の大きさに打ち震え、時子は世話になった夫の上司の元へ相談に向かう。
二人して家へ戻ると、そこに夫の姿は無かった。
慌てふためき、周囲を探す時子。と、壁の傍に夫がいつも唇で咥えていた鉛筆が落ちていた。
白い壁を見ると、そこには震える筆致でただ一言、「ユ ル ス」
とのみ、書き記してあった。
時子は半狂乱で家の周りを探す。と、暗い庭の中にぽつんと影が見えた。
芋虫のようにじりじりと這う夫の姿は、古井戸へと向かっていた。
追いかけ、止める間もなく、その影は朽ちた古井戸へと、迷い無く落ちていった。――まるで闇夜に木の枝を這う芋虫が、不自由なその身の重み故に、
枝の先端からポトリと落ちていく――そんな風に、時子には見えた。ナンバリングするの忘れた。以上で終わり。失礼しました。
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80 名前:本当にあった怖い名無し :2010/06/23(水) 23:42:59
- >>73
乙
ユルスというのがなんとも切ないな
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85 名前:本当にあった怖い名無し :2010/06/24(木) 00:29:42
- エロシーン付きのあらすじは初めて見た。
さすが乱歩。痺れる憧れる。