ホーム » 小説 » 小説/た行 » 佇むひと(筒井康隆)

254 名前:本当にあった怖い名無し :2010/08/16(月) 12:57:16
筒井康隆の短編を、少し共通点があるので2編同時投下。
多少記憶で歪められちゃってるかもしれないですが。

『佇むひと 1/2』

主人公は小説家。薄っぺらい娯楽小説ばかりを書いている。
内心ではもっと毒にも薬にもなるような過激なものを世に出したいと
考えているが、言論弾圧の激しい世界のためそれも叶わず、燻っている。

ある日彼は、近所の公園で元小説家の男と出会う。
小説の話はしない。作家が二人集うだけで警察の目が光るのだ。迂闊な話は出来ない。
話題は『犬柱』について。
この世界の犬は、危害を及ぼす野良犬は『柱』にされる。生きながらに地面に植えられるのだ。
そうされた犬は徐々に植物化していき、最後には「けん(木へんに犬)」の木となる。
彼らは、それぞれが餌を与え、構っていた野良犬が犬柱とされた過去を、陰鬱に語る。

話題は更に、犬以外の生き物が柱にされるケースに移る。
野良猫の場合は、猫柱を経て「びょう(木へんに苗)」に変異する。
そして、人の場合は。

元小説家の男は、彼にささやく様に問いかけた。
「もしや、貴方の家族が人柱にされたのですか?」
彼は沈鬱に頷く。先日、妻が。婦人の集いの席で、政治批判をしてしまったのです。
元小説家は、彼の妻が美しいことを知っていた。そのため、その場に居合わせた婦人の
誰かが嫉妬に狂って密告したのだろうと告げる。だが何の慰めにもならない。
元小説家は、自分が政治的な小説を著すことは二度とないだろうと語り、彼と別れる。


255 名前:本当にあった怖い名無し :2010/08/16(月) 12:58:14
『佇むひと 2/2』

一人残された彼は、肩を落として町を歩く。足は自然と商店街の方へ向いていた。
この先、駄菓子屋の横には、妻が佇んでいるのだ。
植えられて間もないため、遠目には足首が地面に埋まっているだけの人間に見える。
通りがかった男二人が妻を指差し、下卑た冗談ののちに唾を吐きかけていった。
彼は辺りを見回す。柱にされた人間に身内が話しかけることは禁じられている。
だが先ほどの男たちのあとは、人が通りかかる気配はない。
彼は意を決して妻に近づいた。
「また来てくれたの」
妻が顔を上げた。だが彼の身を案じた彼女は、すぐにこの場を離れてくださいと言う。
来ずにいられなかった。彼はそう返し、妻を気遣う。
だいぶ慣れたかい。はい。昨夜雨が降っただろう。心配しなくて大丈夫よ。
そうした遣り取りを静かに続けながら、彼は敏感に気付く。
妻の反応がどこか虚ろで感情の起伏に乏しくなっていることに。
これが植物化か。
愛する人が、人でなくなっていく。妻はもうじき「にん(木へんに人)」となるのだ。
言いようの無い悲しさを感じた彼は、妻の腰の辺りに血の跡が付いていることに気付いた。
妻は言う、昨夜二人の酔っ払いが自分に暴行をしていったのだと。
彼は激しく憤る。だが妻は最早法律的には人間ではなく、酔っ払い達が罪に問われることもない。
痛みはないのかと問う彼に、妻はもう平気だと返す。そして改めて告げる。もう来ない方がいいわ。
わかっている。それでも自分は来てしまうだろう。最後にそう言って彼は足早にその場を離れる。
振り返ると、妻が仏像のような笑みを顔に貼り付けて自分を見ていた。
耐え切れず、更に歩みを速める彼。近くでは誰かが、先日柱にされた評論家について語っている。
彼は、自分がすでに人柱にされてしまったかのような錯覚に陥るのだった。

 

ウィークエンド シャッフル (講談社文庫)
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佇むひと―リリカル短篇集 (角川文庫)
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