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690 名前:本当にあった怖い名無し :2010/10/01(金) 17:18:00
藤沢周平の時代小説の「暁のひかり」

二五歳の市蔵は夜っぴいての賭場からの帰りで
暁の朝を迎えようとしている、江戸の町を歩いていた。
数年前までは堅気の鏡師だったが、手慰みの賭博に溺れて
いつの間にか、壺振りを生業にするやくざ者になり下がっていた。

しかし、ふと「頑張れば元の堅気に戻れるかも知れないな」と
希望を抱く時があって、それはこういう清々しい暁のひかりの中を歩いて
いる時だったが、市蔵自身もどっぷり闇のやくざな生活に漬かった
今の自分がもう堅気に戻れない事は判っていた。

その日の朝、大川橋の前まで来た時に、暁の靄の中に女がゆっくりと
橋を渡ってくるのが見え、女が大きく前かがみになっているので
市蔵は、女が落し物を探しているのだと最初は思った。


691 名前:690 :2010/10/01(金) 17:18:55
しかし近付いてきた女は、竹竿に縋りつくようにゆっくりと、足を運び
竹竿の両手は身体を支える重みでブルブルと震え、
そして市蔵の目の前で、女はバランスを崩して倒れ込んでしまったので
思わず「危ない!」と手を貸そうそすると
「駄目!今、自分で歩く稽古をしているんだから!」と小気味いい声で
言うと、ゆっくり竹竿に縋りつくように立ちあがり、市蔵の方に顔を向けたのは
まだ十三~四歳の少女で、痛々しいほどの肩の薄さや起き上がる時に見えた
胸を突くような足の細さをとは裏腹に、瞳を輝かせた生気に溢れる笑顔だった。

おことという名のこの娘は、大川橋を渡った角の蕎麦屋の娘で
生まれた時から身体が悪く、ずっと寝たきりだったが、今年になって
やっと身体が動くようになったので、こうやって人通りの少ない
早朝に大川橋を往復して歩く稽古をしているのだという。

この日から市蔵は朝帰りの道筋で、おことに会うのが楽しみになった
おことの朗らかさや一途さは、市蔵には眩しく、おことを見ていると
やくざな闇の世界にいる自堕落な自分が情けなく感じるようになり
おことのいる、日の当たる場所に戻りたいという気持ちが強まっていった。

何度も出会っているうちに、市蔵とおことは親しく口を利くようになり
おことは市蔵を「夜なべ仕事帰りの職人のおじさん」だと思い込んでいて
市蔵は鏡師ということから、小さな手鏡を作ってやる約束をしてしまった。


692 名前:690 :2010/10/01(金) 17:19:40
そんなある日、市蔵は賭場の胴元から「いかさま賽」をやらないかと持ちかけられた。
(いかさまを見破られた壺振りは命は無い)
命がけの代わりに、見破られなかった賭場の分け前は大きかったし
壺振り師として「いかさまの技術」を極めるという誘惑は強かったが
いかさま師になれば、もう二度と表の世界に戻れないという事なので流石に市蔵は躊躇った。

そして市蔵は昔に勤めていた鏡師の親方を訪ねて行った。
堅気に戻ってもう一度雇ってもらえば、おことに約束の手鏡を作ってやれる
と思ったのだが、親方から「お前はもう鏡師ではない」と断られてしまう。
鏡師をやめて数年のうちに、市蔵の指は無骨な職人の指から
「賭博師」しなやかな指に変えてしまっていて、職人には戻れないと
いうのだが、それよりも市蔵を見た時に親方の顔に浮かんだ
やくざ者を見るそのものである、恐怖と嫌悪の表情が市蔵を打ちのめした。

そんな中、いつものように早朝に大川橋に行くと、
おことが酔っ払いに絡まれていたので助けに入ったが、男の酒に濁った眼や執拗な絡み方に
自分と同じ匂い、やくざな闇の住人でおことにとって最も忌むべき人種
男の醜さに自分を重ねた同族嫌悪から、凶暴な欲求を抑えられずに
我を忘れて男を殴り倒すと、何度も何度も倒れた男を蹴り続けた。

ふと我に返ると、男は半死半生で逃げ去り、おことは恐怖に打ち震えた
表情をしていたので「怖かったろう」と慰めようとしたら
「嫌!触らないで!おじさんが怖いの」という目には恐怖は広がり、逃げるように去っていった。


693 名前:690 :2010/10/01(金) 17:22:44
市蔵はおことに見せてはならない正体を見せてしまった事に気がついた。
おことは翌日から大川橋に姿を見せなくなった。
市蔵を避けて練習場所や時間を変えたのだろうが、市蔵は思った
「自分が作った(買ったものだが)手鏡」を持参して怖がらせた事を謝ったら
許してくれて、また前のように笑いかけてくれるかも知れない
おことは市蔵にとって暁のひかりのような存在になっていた。

おことが姿を見せなくなって2ヶ月後、思い切って市蔵は手鏡を持って
蕎麦屋に入ったが、おことの姿はなく、どこかへ出かけたのかと
聞くとおことは2ヶ月ほど前に死んだという。

おことはある朝、いつものように訓練に出かけていって、何かひどく
恐ろしい目に遭っらしく、真っ青になって汗だくになって帰って来たが
その時にあまりに身体に無理をしたのと、汗で身体が冷えたせいで
風邪をひいてそのままどんどん悪くなって・・いい子だったのに・・と
泣く蕎麦屋夫婦の話に愕然とする市蔵。

で結局、市蔵はその後、より一層生活が荒れて、深酒をしては
堅気の人間に絡むようになったり、いかさま賽を使って賭場で
いかさまをしかけて、最後は同じやくざの親分にいかさまを見破られて
殺されて終わり。

なんて言うか、途中まではおことの健気さが市蔵が立ち直る切っ掛けに・・
と期待していたから、この終わり方は後味悪かった。

 

暁のひかり (文春文庫)
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