青ひげと鬼(小松左京)

158 名前:1/3 :2012/08/22(水) 13:29:32.63
小松左京「青ひげと鬼」

妊婦が夫を猟奇的に殺した事件。
診断した医師は、彼女を極めて強固な意志を持つ正常人だと断言した。
「弁護士さん、あなたは法の番人の一人として、自然を裁けますか?」

純子が後に夫となる男性に遇ったのは、親友と二人で入ったホテルのバーだった。
彼は強靭でしなやかな身体を持つ、男性的魅力にあふれた男だった。服装は気障の極みだったが。
そして、黒に近い濃紺の髪と髭を持っていた。
彼と目が合ったとき、純子は目を逸らさなかった。親友は耳まで赤くなり、どきまぎして中座したが。

彼は語る。
君は不思議な人だ、俺の視線を恐れない女性は初めてだ、皆君の親友のような反応を見せる。
学位を持つ女性も初めてだ。俺は君に…いや、何でもない。
「私はあなたに一目惚れしたわ。フロントに行きましょう、部屋は空いているようだわ…
 
誤解しないで、こんな風に誘うのは初めてなのよ」

彼は純子を拒む。
子供が欲しいから女と寝る、セックスの快楽などどうでもいい、つまり寝る女とは必ず結婚する。
過去の6人の妻たちは、胎児も道連れに妊娠中毒症で死んだ。
医者も手の施しようがなかった。
「君を気に入った、だから俺は君と寝ない。わかるかい?」


159 名前:2/3 :2012/08/22(水) 13:32:26.40
精神科が専門だが分子生物学もかじったという医師は、弁護士に語る。
“青ひげ"の6人の妻は皆、同じ時期に同じ症状で亡くなった。
「夫の方をもっと調べるべきでした。…いいえ、連続殺人鬼とか、彼女の正当防衛ではありません」
「彼らの母親は、どちらも出産と同時に亡くなりました。彼らにはそれぞれ、遺伝子に異常があったのです」

純子は彼と結婚した。
小麦色の長身と鋭い眼光と、理系の学位を持つ美貌の純子は、彼の肉体を得て初めて深いエクスタシーを知った。
やがて妊娠した純子は、胎内に「愛の結晶」と呼ぶにはあまりにも猛々しい命が宿ったことに気づいた。
(おまえに負けるわけにはいかないわ、私はおまえを無事に産んでみせる!そのためには、何をすればいいの?)

医師は弁護士に語る。
彼の染色体数は25対50個、純子の染色体数は26対52個。
彼らは新人類だ。

純子は学位を持つ理系の研究者だった。
彼と自分の身体の変化を詳しく調べていて、発作が起きたときに為すべき事を知った。
自分と夫の身体を実験台にした冷静な観察と実験の結果、激しい発作の直後にセックスを行い、
夫が達した直後に殺し、新鮮な血と肉を生のまま大量に食べることが、妊娠中毒症を抑える唯一の手段だと知ったのだった。


160 名前:3/3 :2012/08/22(水) 13:33:06.19
医師はさらに語る。
純子は新人類としてまだ未完成なので、こういう手段に出るしかなかった。
種の保存のためには、そうすることが「正常」なのだ。
いずれ合理的な生殖メカニズムが完成されるだろう。

人類の中から、人類と同じ姿で同じ知性を持つ新人類が生まれた。
彼らは理性でも気魄でも人類を凌いでいる。
そして、繁殖過程において、忌まわしい行為を行う。
我々の取るべき手段は、抹殺か、人類の一部として凶悪犯扱いか、あるいは人類ではないとして釈放するか…
「あなた、自然を裁けますかな?」


162 名前:本当にあった怖い名無し :2012/08/22(水) 17:45:48.47
「彼らの母親はどちらとも」ってことは、新人類はこの男以外にもう一人確認されてるのか?

163 名前:本当にあった怖い名無し :2012/08/22(水) 17:53:55.11
妊婦とその夫、どっちも新人類なんでしょ

 

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