髪(乃南アサ)

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乃南アサ「髪」

A子は美髪が自慢。
本当は平凡だが、艶のある黒髪ストレートロングのおかげで美人に見える。
実は天パで、お高い美容室でこまめにストパーをかけて
毎朝洗面台を占領して命がけでブローしている事は家族しか知らない。
同僚のB子は使い古しの竹ボーキみたいな赤茶けた癖っ毛。
ショートにしても不格好に膨らんでしまうからと、ただ後ろで縛っているだけ。
しかも化粧っ気のないもっさりした眼鏡ブスで、取り柄は色白美肌だけ。
と、A子は内心見下している。

A子は営業部のホープ、小宮山に憧れている。
「美髪ナンバーワン」として若手男性社員の間で有名な自分を
彼も気になっているはず、と自惚れている。
クリスマスパーティー、若手社員の有志が企画したスキー旅行、
バレンタイン、花見と目白押しの社内行事でアタックして
寿退社(死語)にこぎ着けようと勝手に目論んでいる。

クリスマスパーティーの日、B子は眼鏡をコンタクトレンズに変えて化粧もしてきた。
おまけに、癖っ毛はふわふわのロングソバージュに変わっていた。
皆に誉められたB子は、
「A子さんがイメチェンしてみたら?って言ってくれたの」
と控えめに微笑んだ。


8052/3:2013/07/03(水) 11:05:49.09
パーティーで、小宮山はB子にべったりだった。
帰り道、
「小宮山さんと何話してたの?」
と訊いても、B子は
「あの人小宮山さんていうの?営業部の人らしいけど、あまり覚えてないわ」
と答えただけで、A子は内心やきもきした。

年が明けて、スキー旅行の日。
B子はソバージュから艶やかなストレートロングになっていた。
「A子さんがイメチェンを勧めてくれたから、思い切ってストパーに挑戦してみたんです」
「こんなに変身できるとは思わなかったわ、A子さんありがとう」

A子はスキーができない。
小宮山に教えてもらおうと勝手に目論んでいたが、
A子に気があるらしい体育会系の同僚がしゃしゃり出て熱血指導を申し出る。
B子が小宮山と恋人気取りで一緒に滑っているので、A子は拗ねてやる気が出ない。
体育会系はあきれて、
「そもそも何しに来たんだよ、できないなら来るなとは言わないが、
せめて覚える努力をしろよ髪ばっか弄ってないで!」
と一人で滑りに行った。


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夜は雪の上で花火をする事になった。
B子の艶やかなマロンブラウンの髪が焚き火に映えて
昼間よりきれいに見えて、A子はおもしろくない。

こっそりB子の背後に回ったA子は、髪にライターを近づけた。
火傷を負って雪の上を転げ回るB子に、小宮山は誰よりも早く駆けつけた。
医者を呼べ火を消せと騒ぐ同僚の中で、A子だけは冷静だった。

「…別にいいじゃん、元々チリチリの癖っ毛なんだし」
心の声が出てしまったらしく、偶然隣にいた体育会系が目をむいたが、
A子は一連の騒ぎをつまらなさそうに見ているだけだった。

 

夜離(よが)れ (新潮文庫)
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