ホーム » 小説 » 児童文学・絵本・昔話 » おかあさんの木(大川悦生)

545 名前:1/2 投稿日:2006/01/29(日) 23:49:49
私が小学校の頃、国語の教科書には毎年何か戦争系の話が掲載されていた。
その中で後味悪い悲しい話として記憶に残っているのが、「お母さんの木」

戦争真っ只中、5人の息子(人数はウロ)と母親の家族が仲睦まじく暮らしていた。
しかし息子たちが成長していき、とうとうその家庭でも長男の一郎が徴兵されてしまう。
いなくなった息子を想い、母親は家の庭に一本の木を植える。
その木に向かって、「一郎、元気にやっているかい?」等と声を掛ける母親。
月日は過ぎ、また残った息子たちも次郎、三郎次は四郎……という風に順に戦争へ行ってしまう。
その度に庭には木が増えていくのだった。
そうして息子たちは全員いなくなってしまい、ついに母親は一人ぼっちになってしまう。
それでも母は木が萎れていたりすれば息子は大丈夫か、と心配し、すくすくと成長していれば無事を祈っていた。

毎日木の手入れをしつつ息子たちへ語りかける母親だったが、戦争が激しくなり息子たちが戦死したり、
行方不明になってしまったいう報せが届く。
しかし木を見てはきっと息子たちは生きて帰ってくる、きっとどこかで無事でいるに違いない、と希望を捨てなかった。
いつしか戦争が終わって兵隊たちが帰ってくるようになると、息子たちの姿を探しては駅まで急いで向かっていく。
だけどどんなに探しても、誰一人として母親に声を掛けてくる兵隊はいなかった。


547 名前:2/2 投稿日:2006/01/29(日) 23:53:26
終戦してしばらくたち、もう戦地から帰ってくる兵隊も少なくなり、母親もめっきりと年をとってしまった。
それでも毎日木々の元に佇み、息子たちを思わない日は無い。
そんなある日、母親の家を目指して、駅から一人の兵隊が怪我をした体をかばいながらゆっくりと歩いていた。
それはなんと、外国で行方知れずのまま死んだとされていた息子の五郎だった。
時間はかかってしまったものの、何とか母の待つ家へと帰ってくることができたのだ。

やっとのことでたどり着いた家、五郎は喜び勇んで「お母さん、今帰りましたよ」と母に呼びかける。
だが何度呼んでも家の中から出てくる気配は無い。
そういえばいつも母親は庭の木を見ていたことを思い出した五郎は、急いで庭へと探しに行く。
案の定そこには再会を待ち望んだ母の姿があった。
しかし母親は木の葉を抱きしめ、木にもたれ掛かるような格好のまま身動きしない。
最期の時まで息子たちを待ち続けた母親に、五郎は悲しみにくれるままに「お母さん」と呼ぶのだった。

まあ戦争の非常な物悲しさを書いた作品なんだけど、どうせ息子が帰ってくるなら一目くらい会わせて
あげて欲しかった。
なんでもっと早く帰ってこないんだよー!と、子供心にモヤモヤしてたよ。


563 名前:本当にあった怖い名無し 投稿日:2006/01/30(月) 13:10:48
>>545
>>560
お母さん、五郎の木にもたれて亡くなってたんだよね・・・

その後、帰って来た五郎はお母さんが自分達のために植えてくれた木
(たしか桐だったと思う)の横に胡桃の木を植えて、「お母さんの木」と
名付けて大事に育てた。その木は大きくなって美味しい実が一杯なって、
五郎の子供や孫達は「お母さんの木ありがとう」とその実をおいしく
いただきましたとさ、というラストだったと記憶してる。
後味悪いというより切ないやね。

 

おかあさんの木 (ポプラポケット文庫 (032-1))
おかあさんの木
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