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564 名前:1/2 投稿日:2007/09/27(木) 13:01:46
似た話があったんで医者のレスと一緒にコピペするね

329 名前: 名無しさん@HOME [sage] 投稿日: 2007/09/18(火) 13:24:16 0
養子の話といえば、
いま63歳ぐらい(だから戦中の生まれかな)のおじさんもそう。
おじさんには子供がないんだが、俺たち夫婦の子供がほしいといいだした。
妻は重度の子宮内膜症に苦しみつつ(もちろんそのおじさんの知るところではないけど)なんとか息子をうんだ。
で、もう一人二人男の子を産んで、一人を自分たちにくれと。

ばかやろ!

それからそのおじさん、私の父親が慢性腎不全でたおれたとき、
「○○くんの腎臓、ふたつあるんだから、ひとつ移植してやったらどうだ?
同じ血筋なんだから、相性抜群だし」って・・・
俺もひとりっ子だし、俺も将来腎臓悪くなる可能性たかいんだが・・・

もっともそのおじさんだけでなく、父親も母親もそのことを考えたらしい。
俺は母親にいまふうに虐められて育ったので、父親のこともあまりよく考えていなかったので、
なにがどうあろうと断っただろうけど。


565 名前:2/2 投稿日:2007/09/27(木) 13:02:29
亀レスだが。

>「○○くんの腎臓、ふたつあるんだから、ひとつ移植してやったらどうだ?

悪しき親類の典型的な見本だな。
反吐が出そうな気分をしばしば味わわされてる。

「自分より先に死ぬと決まったものに、自分の未来を削って与えるな
 (ドナーが本当に健康に寿命を全うできるのか、エビデンスはない)」
「遺伝的に弱いのであれば、子供のために自分の腎臓を取っておけ」
「親から子への移植はありえるが、子から親への移植は断固断れ」

移植はドナーの命のリスクの上に成り立つ。
「親孝行の美学」とやらを押し付ける奴は、なんのリスクも負っていない。
他人をつかって『いい人の自分』を味わい、悦に入るだけだ。

>329にその気がなくて幸いだが、これを読んだ人にお願いしたい。

   頼むから、若い人が親のためにドナーになったりするな。

命を懸けるなら、未来のためにかけろ。俺はもう、「親族会議の結果、
ドナーになることを決めた」と書かれたカルテを持つ、親と親族への
不信感でいっぱいの、哀れな被害者を見たくない。


567 名前:本当にあった怖い名無し 投稿日:2007/09/27(木) 13:25:34
>>565

>俺はもう、「親族会議の結果、
>ドナーになることを決めた」と書かれたカルテを持つ、親と親族への
>不信感でいっぱいの、哀れな被害者を見たくない。

凄まじいな。まさに美談の裏のどろどろした部分だよな。


571 名前:本当にあった怖い名無し 投稿日:2007/09/27(木) 13:53:53
> 「遺伝的に弱いのであれば、子供のために自分の腎臓を取っておけ」
という考えについては理解出来るけど
>
「自分より先に死ぬと決まったものに、自分の未来を削って与えるな
>
「親から子への移植はありえるが、子から親への移植は断固断れ」
これについては、(親族含む広義での)他人に強制させられるならともかく
自分の意思で親のためにドナーになるのは個人の自由だと思う
この事例については当てはまると思うけど、
親から子への移植全てを否定するのも価値観の押し付けじゃなかろうか

しかし、リスクがある行為を「道徳」だの「美徳」だのと
他人から押し付けられるのは確かにかなり鬱陶しいね
そういう人に限ってそれらを実行しても当然の行為として評価しないし


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