弔いの日(宮脇明子)

168 名前:本当にあった怖い名無し :2009/05/18(月) 12:03:37
「弔いの日」という漫画。

主人公の少年の母は、幼いころ雪に埋もれて不慮の死を遂げた。
少年の父は厳格な軍人で、小柄で虚弱な息子でも容赦なく厳しく育てていた。
そんな中、幼い少年はふとしたきっかけで母の命日に
雪女のような白装束で野外を歩く母の霊を目撃する。それは翌年以降も毎年続いた。

貧弱な体に劣等感を抱きつつも、少年は父の期待に沿うよう努めながら成長していった。
学校の寮で同室になった先輩は、上背があって運動能力も高い爽やかな好青年で
まさに少年が「自分がこうあるべきだった姿」と憧れるような理想の存在だった。
自分同様、士官学校への進学を目指していると先輩から聞き、一緒に頑張ろうと少年は喜ぶ。

ある日実家に帰省した少年は、本棚の同人詩集から母宛ての古い手紙を発見する。
それは、ちょうど母が死んだ日を指定して駆落ちを促す男からの恋文だった。
母が雪の中を外出したのは駆落ちの場所へ向かうためだったのではないかと
少年は疑念を抱き、自分や父を捨てて行こうとした母を憎悪する。


169 名前:本当にあった怖い名無し :2009/05/18(月) 12:05:17
日は変わって、ある祭りで先輩と校外の街に出掛けた少年は、
先輩の同郷の幼馴染で許婚だったという少女を紹介される。
少女は家の田畑を守るために父親に売られ、今は女郎となっていた。
少年は、士官学校を目指す硬派な先輩が女と密会しているのを快く思わなかった。

外出中、少年はみすぼらしいナリをした初老の男(ただしよく見れば
かつてはそれなりに美男子だったのかもと思わせる面影がないこともない)に出くわす。
特高に追われる物書きだというその男こそ、かつて母に恋文を送った相手だった。
男は、母は家の事情で父との結婚を強制されたが、女学校時代は詩会に所属し
情熱的な詩を書く女性で、自分と愛し合っていたのだと話す。
だが、駆落ちを誘った11月8日に待合せ場所には現れず、結局そのすぐ後に死んだと聞いた、
恋よりも家庭や子供を選んだのだろう、と男は続ける。少年は、手紙の日付は12月8日だった、
駆落ちする意思がなかったなら母はなぜ死してなお毎年現れて駅の方角へ向かうのだ、と反論し、
母の幽霊のことを男に打ち明ける。そんな…と、話を聞いて男は呆然となる。
少年は駆落ちなんて企てておきながら大事な日時の連絡すら誤った彼等をくだらない連中だと軽蔑するが、
ふと、貧弱な自分は父よりもこの男の方に似ているのではないかとの思いがよぎり
父が自分に辛く当たり、自分と同じ立派な軍人に育て上げることへ固執したのは
本当に自分の子なのかどうか疑っていたからではないか、と考える。
少年が家へ戻ったとき手紙を見直すと、「十二月」の文字は
「十一月」に何者かが別のインクで一本書き足したような形跡があった。


170 名前:本当にあった怖い名無し :2009/05/18(月) 12:07:25
寮に帰ると、先輩から、前々からの計画で彼女を楼から連れ出して駆落ちするつもりだ
と打ち明けられ、夜の見回り時の代返を頼まれる。先輩は、親しい同室生の少年を信頼していた。
が、母の過去に反感を持ち、また、自分が叶えられない理想を彼に投影していた少年は、
優秀な先輩が士官の道を捨てて土方でも何でもやると言ってるのが許せず、教師に告げ口する。
先輩は抵抗するも寮に押し留められて駆落ちを果たせず、これで良かったのだと少年は安堵する。

しかし後日、少年は学校の裏山で喉を掻き斬って自殺していた少女の死体を発見した。
遺書には「夢を見た後では現実を生きられません、せめて最期はで好きな人の近くで」とあった。
責め立てる先輩と少年(、同寮生、教官らも?)で大喧嘩の末、先輩は退学して寮を去った。
自分は何も悪い事はしていない、気の毒だがあの女が勝手に死んだのだと言い聞かせつつ、
少女の凄惨な死に顔が目の前にチラついて離れず、少年はやつれていって、保健医から自宅療養を勧められる。

今年もまた冬が巡って来た。
起き出した少年は、母を追って駅の方へ行ってみる。駅には、例の物書きの男もやって来ていた。
「こんな事が本当にあるなんて…」と男が母に近づきかけた瞬間、少年の後方から現れた父が
拳銃で男を撃った。母は斃れた男を見下ろし、息子たちの方へ一瞥を投げた後、すーっと消えて行った。
「いつか殺してやろうと思っていた。逢わせてなるものか! 永遠にすれ違えばよかったのだ!」と
狂ったように笑いながら、父は吹雪の山に分け入り、そのまま二度と還ってこなかった。
折りしもその12月8日は、真珠湾攻撃で時代が太平洋戦争へと突入していった日だった。

戦争でおおぜいが死に、先輩も中国の戦場で一兵卒として散ったと聞いた。
どういう運命か、体が弱い弱いと言われていた主人公だけが誰よりも長く生き残り、
高齢になった今では通いのヘルパーを雇いながら独居している。
それでも、何十年たった今でも、一人で窓の外を眺めるとき、主人公の目には
首から血を流す少女と手脚のもげた戦死姿の青年がじっとこちらを見つめているのが映っていた。


171 名前:本当にあった怖い名無し :2009/05/18(月) 12:28:00
子供を棄てようとする女の罪は万死に値する。
子供を持つ女に、子供を棄てて逃げよとそそのかした悪党もまた然り。
娶った妻が他の男に鬼狂いした軍人が気の毒で後味が悪いな。

173 名前:本当にあった怖い名無し :2009/05/18(月) 12:42:31
>>171
あ、ちなみに、死んだ時の母親は特に荷物らしい荷物も持っておらず、
本当に駆落ちするつもりだったのか、断るために最後に男に会いに行ったのか
少年が自問していた描写のまま、真相は不明。

少年の実の父親がどちらなのかも、はっきりした結論は不明のまま。
老齢の姿を見ると、確かに威風堂々とした軍人の父親に比べれば細身だけど、
猫背っぽい文筆家の男とは違ってシャキッと背筋が伸び、それなりに肩幅があるようにも見えなくはない。


176 名前:本当にあった怖い名無し :2009/05/18(月) 16:52:24
>>168
乙。あらすじ上手すぎ。
母親が一番悪いよ。
彼女がしでかしたこと(駆け落ちするつもりでも、断るつもりでも)がきっかけで、
父親は道を誤り、少年は極端な潔癖症になり取り返しのつかないことをして、周りまで不幸になってる。

180 名前:本当にあった怖い名無し :2009/05/18(月) 18:39:22
荷物らしい荷物を持ってなかった、とわざわざ描写する以上
母親は駆け落ちするつもりじゃなかった、ような気がする
だとしたら、戦前の女性の立場とか考えるとそんな恋文もらっただけでも
貞操を疑われるだろうし、こっそり1人で行って断ろう・・・と
思いつめたのかもね

ところで11月に加筆して12月にしたのは父だよな?多分
だとしたら彼がそんな陰険なことせずに正面切って糾弾するなり何なり
もっと毅然とした態度を取ってれば・・・って気がしなくもないな

もやもやするね


184 名前:168-170 :2009/05/18(月) 22:27:13
>>180
あっ、ごめん、そこはハッキリと書いてるという程でもなくて
姑に「全く、あの嫁は何だって雪の日にウロチョロ外へ…」みたいな言われようをしていたから、
おそらく普段着の軽装だったっぽい雰囲気だった。

あと、「断るために最後に男に会いに行ったのか」も若干 自分の解釈が入ってたかも。
少年の台詞自体は、「そもそも、母は本当に駆落ちするつもりだったのか?」
のような感じで、物書きの男とは無関係な外出だった可能性もあるかも知れない。
(ただ、姑の台詞からすると、ちょっとした用で敢えて屋外をウロつくような天候ではなさそうだが。)

母親は、婚家では厳しい姑の下に仕えて化粧一つせず従順に控えめに生きてき、
死に化粧で真っ赤な口紅を塗った顔を見た息子が「これはお母さんじゃない、知らない人だ」
と怖がって泣いている場面があった。回想の台詞いわく、「死よりも何よりも、あの赤々しい唇が怖かった。」
白装束で雪の中を歩く母の霊は、普段の地味な母ではなく、白い肌にその真っ赤な紅を差した姿だった。


185 名前:本当にあった怖い名無し :2009/05/19(火) 16:18:13
その描写だと駆け落ちしようとしてたとも取れるな
赤い紅の幽霊は「母」を捨てて「女」を選ぼうとしてたようにも思える

 

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