天使のハンマー(あだち充)

978 名前:2 :2012/05/01(火) 05:06:16.59
・あだち充の短編

雪の夜、バーで2人の男が飲んでいる。
一人は顔は男前だけど、身なりは汚らしく少し酔っている。以下A。
もう一人は大柄でおっとりした顔立ちで、身なりがいい。以下B。

AがBに「いい服ですね」と声をかけ「何の仕事をしているんですか?」と尋ねる。
「小さな会社を経営してます」とBは答え「このへんに住んでいるんですか?」とAに聞く。
「すぐ近くの汚いアパートですよ」とAは答え、自分がいかに惨めな人生を送ったかを語る。
仕事はまったくうまくいかず、妻には逃げられ借金漬けで、今も借金取りに追われているという。
その内容に「どうしてそんな話を私に」というBに、Aは「他人だから話せるんです」と悲しげに言う。
そしてAは、眩しくて楽しかった自分の子ども時代をBに語って聞かせた。


979 名前:3 :2012/05/01(火) 05:06:47.74
Aは小さいころは田舎で暮らしていた。
勉強ができて強くて勇敢で、友人たちはAのことが大好きだったし、Aも友人たちのことが大好きだった。
けれどAは親の都合で、都会に引っ越さなくてはいけなくなった。
春、引っ越していくAに友人たちは「都会もんになんか負けるな」「がんばれ」とエールを送り、
Aはそれに「当たり前だ!」と答え、手紙を送るからと約束した。
けれど都会は田舎に比べてずっと勉強が進んでいた。
田舎では一番の成績だったのに、都会ではそれがまったく通用しなかった。
成績はひどいもので、「こんなことみんなに言えない」と
Aは手紙に「勉強なんて楽勝。都会もたいしたことない」と書いて送った。
最初は友人たちを心配させまいとしてついた嘘だった。
けれど手紙を書くたびに嘘を重ねてしまう。
学年で一番の成績、部活だって他のやつは相手にならない、有名な高校に入った、有名な大学に入った――
もう今さら「嘘だ」なんていえないところまできてしまった。
結局その後も、それらを「嘘だ」と言えないままに30年近く経ってしまった。
田舎にいる友人たちは、今でもずっと手紙の内容が真実だと思っている。

都会の暮らしに馴染めなかったAにとって、友人と呼べるような存在はその友人たちだけだった。

今度、その友人たちと数十年ぶりに会うのだとAは言う。
それを最後にして、ボロが出る前に彼らの前から行方をくらますつもりだと。
せめて友人たちの中でだけでもこの30年を立派に生きた人間でいたいんだとAは言う。

そしてAは最後に、友人たちの中でも一番チビだった少年のことを話す。
「同じ年なのにチビで泣き虫で、いつも俺を頼っていた。
 けど俺もあいつに頼られると何でもできるような気がしたんだ」
まるで弟のようだった。いつも自分のあとをついてきた。
「引っ越すとき、あいつと離れるのが一番辛かった」Aは懐かしげな、でもひどく寂しい目をして言った。

雪が積もってきたとバーのマスターが言い、Bは席を立つ。
「お先に」と言ってAの分の代金も一緒に払いバーを出た。


980 名前:4 :2012/05/01(火) 05:10:09.03
そしてBは公衆電話から友人に「今度の同窓会、急用ができて行けそうにないんだ」と伝える。
「Aによろしく伝えておいて」とも。

Bはバーで偶然顔を合わせたときから、汚い身なりをしたその男が、
あの30年前の春、都会に引っ越していったAだと気づいていた。
けれどAの変わりように驚き、名乗り出ることができなかった。
そしてA本人から現状を聞かされ、Aが自分たちに今の姿を見られたくないと感じていることを知り、
名乗らずに「他人」を貫き、そしてもう会わないことを決めたのだ。

電話を切ってBがボックスから出ると、雪の中にAがたたずんでいた。
Aの手にはナイフが握られていた。
「考えてみたらこんな汚い格好じゃ友人たちに会えないんだよ…。…服を交換してくれ。金も」
バツの悪そうな顔をしながら、Aはナイフをちらつかせる。
Bの目に涙が滲むのを見て、「殺したりしないから泣くなよ」と慌てるA。Bはおとなしく服を交換する。
「だから泣くなって。いい年してみっともない」と戸惑うAに、「泣き虫は子どものころからなんだ」とBは言う。

Bのスーツは少し大きかったが「まあ大丈夫だろう。バレやしない」とA。「裏に名前が入ってる」と教えるB。
「こんなところ誰も見ない」そう言いながら確かめようとしたAは、そこに書かれた名前が自分の友人のものだと気づく。
Aは顔をあげる。

自分がさっきまで着ていた汚いコートに身を包んだBが涙を流す姿と、小さかった頃のBの泣いている姿が重なる。
Aのナイフを持つ手は震えていた。

楽しかった子ども時代。Aのあとをついてくる小さなB。

『このまま春なんか来なきゃいいのにね』
『春が来なきゃAは都会になんか行かなくていいんだもんね』
『そうすればずっとここにいられるんだよね? ね、A』

雪の上に一人の男が倒れていた。男の体の下の雪は、血で赤く染まっていた。


981 名前:本当にあった怖い名無し :2012/05/01(火) 05:12:23.83
以上です。
最後に倒れている男がAなのかBなのかはわからない感じで
けど倒れてるのがAでもBでも救いようなくて凹んだ

982 名前:本当にあった怖い名無し :2012/05/01(火) 05:36:35.47
あだち充驚いた。
そんなの書いてたんだな。

984 名前:本当にあった怖い名無し :2012/05/01(火) 08:16:49.66
>>981
どっちが死んだんだよう(つд`;)・゚・
朝っぱらから切ないよう…

985 名前:本当にあった怖い名無し :2012/05/01(火) 09:41:06.95
>>981
上杉で再生したら後味悪さが倍増された

988 名前:本当にあった怖い名無し :2012/05/01(火) 13:50:52.66
>>981
面白かったよ乙
読んでみたいんでタイトル教えてもらえないか?

989 名前:本当にあった怖い名無し :2012/05/01(火) 14:08:33.00
あだち充絵でそんなハードな話想像つかないな
でも実際読んだら落差でインパクトすごいんだろうな

9 名前:本当にあった怖い名無し :2012/05/01(火) 21:50:41.78
前スレの>>977->>980に出てきたあだち充の短編ですが、
「ショートプログラム3」収録の「天使のハンマー」ではないかと。

 

ショート・プログラム 3―あだち充傑作短編作品集 (少年サンデーコミックス)
ショート・プログラム 3
あだち充傑作短編作品集 (少年サンデーコミックス)