厭な小説(京極夏彦)

920 名前:本当にあった怖い名無し :2012/08/13(月) 21:13:37.03
このスレの住民なら恐らく既読の方も多いでしょうが、
京極夏彦の「厭な小説」を数ヶ月程前に読んだので、
その中でも個人的に最も厭だった話の「厭な彼女」を紹介させて頂きます。
文章力が無いので読みづらいかもしれませんが、どうかご勘弁を。

厭だ―― 主人公の郡山は、ある日先輩の深谷に付き合っている彼女のことで相談を持ちかけた。
郡山の付き合っている彼女、森田三代子は、少し地味目だが、小さくて、甲斐甲斐しく、可愛らしい女性である。
三代子の作る料理はファミレスの写真以上に綺麗で、しかも味も良い。
初めて郡山の家に訪れたとき、ハヤシライスを作ってくれた。
けれどグリンピースが嫌いな郡山は、ハヤシライスの上の5,6粒のグリンピースを避けて食べ始める。
それに気付いた三代子は「あ、グリンピース嫌いなんだ」と言い、
郡山は少し大げさに「そうなんだ、どうしても食べられないんだよ」と答えた。
その後は好き嫌い等について話しながら食事をつづけて、普通に食事を終えた。

しかし、数日後もう一度三代子が来た時に作ってくれたハヤシライスには、またグリンピースが乗っていた。
しかも明らかに量が増えている。 その日は20粒位だった。
「この間言ったよね」と言うと「言ってたわね」と答えれられた。

その次の訪問でも三代子はハヤシライスを作った。 50粒位に増えていた。
それまでは笑いながら避けていたが、その日ははっきりと「乗せないでくれ」と頼んだ。

その次は、ご飯の上に大量のグリンピースだけが乗っていた。
さらに次の時は、皿にグリンピースのみが山盛りになっていた。
そしてなぜかその時には、彼女はグリンピースの乗っていないハヤシライスを食べていた。
理由を訊くと「あなたが嫌いだって言うから」と答えた。

それからは、月に2,3度は山盛りのグリンピースのみを出された。

深谷先輩は「早く別れた方がいいぞ、そいつは間違いなくサイコさんだから。」と言ったが、
「ですから。」別れたくても、別れられない。


921 名前:本当にあった怖い名無し :2012/08/13(月) 21:16:00.79
三代子と出会ったのは夏の夜の公園だった。
金髪にキャップと迷彩ズボン、肩にタトゥーのある男が三代子を怒鳴りつけていた。
「もう沢山だ」 「我慢できねぇよ」 「この馬鹿女、早く死ねよ」
そう言いながら男は三代子に石を投げだした。
郡山は酔っていたこともあり、「君っ、何をするんだっ」と割って入った。
男は「ハアッ」と馬鹿にする様な声を出して郡山を見た後、何か捨て台詞を吐いて駆け去った。

郡山は三代子を介抱する時に、名刺を渡した。
頼まれたのか、自分からそうしたのかは覚えていない。
その後きちんとお礼を言いたいと三代子から連絡があり、そこから交際が始まった。

初めは、歯ブラシだった。
他人の歯ブラシを使いたくないという話をした後なのに、
次の日、三代子は郡山の歯ブラシを使っていた。
それを見た郡山は、何かのメッセージなのかと思い三代子の歯ブラシを使った。
すると、三代子は「信じられない」と呆れたような声で言った。
「あなたのことは好きだけど、やっぱりこれは我慢できないの。」そう言って、その歯ブラシを捨てた。

その後は次々に厭なことが起こった。
トイレの手をふくタオルがいつも落ちている。  テレビが点けっぱなしになっている。
生ゴミがゴミ箱に捨てられている。  風呂の蓋が湯船に浸かっている。
シャワーがきっちり止まっていない。  コーヒーカップがそこここに置いてある。
洗濯した衣類としていない衣類が一緒くたに籠に入っている。  新聞の束が散乱している。
日が暮れているのにカーテンが半分開いている。
それは全て、郡山が厭だと思うことだった。そしてそれは全て、三代子がしたことだった。
「古新聞は散らかってないと落ち着かないよな」と言ってみても
「片づけの時に困るじゃないですか」と、返されるだけだった。

郡山はついに三代子に、「君が厭で厭で仕方が無いから、もう二度と来ないでくれ」と頼んでしまった。
それから三代子は、ずっと家に居座り始めた。


922 名前:本当にあった怖い名無し :2012/08/13(月) 21:18:29.82
それでもまだ、郡山には未練めいたものがあった。

熱帯魚に見蕩れている三代子に郡山は話しかけた。
「生き物が死んじゃうのは悲しいよね」 「ああ、悲しいね」「そこが厭だよね」
翌日、熱帯魚は全て死んでいた。
三代子を追い出して、持物を全て投げつけて鍵をかけた。

その翌日、会社から戻ると、三代子が居た。
部屋はめちゃくちゃに散らかっていた。 綺麗にしたはずの水槽には、熱帯魚の死骸が浮いていた。
鼻血が出て、唇の端が切れて、頬が腫れて、痣が残るくらいに殴りつけた。
その時も、三代子は 痛いよう、ごめんなさいと言うだけだった。
またも追い出たが、暫くすると、もしかしたら死んでしまうのではないかという不安がよぎり、
玄関のドアを開けた。そこには、血痕があるだけだった。

二日間会社を休んだ。
一日目は放心状態だったが、二日目には部屋を片付けた。
三日目の夜に帰宅すると、腕を吊って、痣だらけの三代子が居た。
「私、あなたの気に入らないことをしてしまったんですね。ごめんなさい。もう二度としません。
 あなたが大好きなんです。あなたが居ないとだめなんです。」
でも。 新しい水槽には、死んだ魚が満ちていた。

それから一ヶ月間、別れてくれと頼み続けた。時に激昂して、殴った。
でも、三代子は未だこの家にいる。


924 名前:本当にあった怖い名無し :2012/08/13(月) 21:24:41.03
深谷先輩に相談して帰って来た日の夜、
「今日はね、ハヤシライスにするわ。 覚えてる?あなたが初めて褒めてくれたお料理よ。」
昨日も、その前も、三代子はそう言って缶詰を開けて、山盛りのグリンピースを出してきた。

深谷先輩はこう言った    ――その女、殺すしかないよ。
勿論本気で言ったわけじゃないだろう。 でも。

「グリンピースじゃないか。」
「ハヤシライスよ。大体、あなた言ったじゃないですか。グリンピースは嫌いだから乗せないでくれって。」
「言ったよ。でもな、お前がお盆に載せているそれは、誰がどう見たってグリンピースなんだよ。
 見ろよ。台所に空き缶があるじゃないか。」
三代子の顔が歪んだ。
「私また何かあなたの気に障ることをしてしまったのでしょうか。」
「ああ、お前はおかしいからな。気が違っているんじゃないのか。」 「酷い。」
たちあがって椅子を蹴り飛ばし、三代子に詰め寄った。
「酷いのはお前だろ。僕が厭がることをしてそんなに愉しいか?殺した魚を水槽に入れて愉しいのか?
 どうにかしろよ。この」馬鹿女、と怒鳴りつけた。
三代子の頬を叩き、グリンピースが盛られた皿が乗ったお盆を取り、何度も殴った。
やめてください、と三代子は言った。 お前はやめてくれということばかりするのに。
お盆が割れた。そして、三代子の首に手をかけて絞めた。

死ねよ死ねよ死んじまえよ。 殺すしか殺すしか殺すしかない。 死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね。

顔が膨れて、目は充血し出した。口からは泡が出ていた。
そして、骨の砕ける音がした。


925 名前:本当にあった怖い名無し :2012/08/13(月) 21:27:47.77
気が付くと、病院に居た。隣には深谷先輩が座っていた。
「私は、どうしても我慢できなかったんです。殺してしまいました。」
「おい、落ちつけよ。」と深谷先輩は言った。
「私は、彼女を―― 罪は、償います。警察はどうしましたか。」
「警察なんて来てる訳ないだろ。それに彼女がどうしたって?
 じゃあそこの洗面所で見舞いの花を活けているのは誰だ?」
え?―― 
三代子が居た。腕も吊っていないし、勿論、首も折れていない。
「郡山。お前がおかしかったんだよ。俺は心配になって、お前の家に行ったんだ。
 森田さんが、お前が変なことを喚いて倒れたと泣いていたよ。」
「ゆ、床には」
「お前のぶちまけたご飯とハヤシライスがあったよ。グリンピースの缶詰なんて無かった。
 鍋には美味そうなやつが煮えていた。暴れたせいで部屋は散乱していたけど、水槽には熱帯魚が泳いでいた。」
「郡山さん、気が付いたんですか。」 
「ああ、君の看病の賜物だ。面会時間も過ぎているし、僕はこれで。」
そう言うと深谷先輩は三代子に一礼して、病室から出て行った。

「心配しました。あなたがあんな乱暴なことを―― 」
「乱暴なこと?」
「ええ、私を罵って、折角作ったご飯を叩き落として、
 グリンピースを乗せるなんて許せないから死ねと言いました。お盆で私を殴って
 そして―― 首に手をかけて、私を殺しました。」
「あんなに謝りましたのに。あらかじめ言ってくれれば宜しかったのに。
 あなたが厭だというのなら、私、何でもしますのに。私はあなたのものなのですから。私は」
あなたを愛していますもの。
三代子は立ち上がって、カーテンを半分だけ、ぞんざいに開けた。
「私はあなたが厭だと言えば―― 」 「お、お前―― 」

その時、僕はあの金髪の男の捨て台詞を、はっきりと思い出した。
「そんな化け物、てめえにやるよ」

「外傷は無いようなので、明日には退院できるそうですよ。
 お魚が待っているお家に帰ったら、あなたの好きな」
ハヤシライスを作ります。         ――厭だ。


930 名前:本当にあった怖い名無し :2012/08/13(月) 22:04:53.85
>>920
厭な小説、紙もわざと軽いものを使っているのか、持った感触からしてイヤ~な感じだよね。
私は最初の2作(確か厭な子供と厭な老人?)だけ読んで、なんとも言えずイヤな気持ちになりやめてしまいました。
今でもたまに思い出すorz

931 名前:本当にあった怖い名無し :2012/08/13(月) 22:35:59.77
>>930
「厭な子供」と「厭な扉」は世にも奇妙な物語で映像化されているんですよね。
私は彼女、老人、子供、家、小説、扉、先祖の順で厭です。
わざと経年劣化した質感を出したり、
蚊がはさまって死んでいるように見える絵がすみっこに描いてあったりして凝ってますよね。
図書館で借りたのですが、途中に本物の蚊がはさまっていたりしました。わざと入れたのかな?

ちなみにそれぞれのあらすじは(載ってる通りの順番)
子供→見知らぬ不気味な子供が家の中をうろつくようになり、最終的には妻が強姦される。
老人→夫の親だと思っていた老人の世話を延々やり続け、違うことに気付くと老人が別の人に代わる。
扉→一年に一度一千万円もらえる代わりに、一年に一度自分をショットガンで殺し続ける。
先祖→自分の先祖が詰まった仏壇を押しつけられる。
彼女→上記の通り。
家→ 足の小指をぶつけるなど厭な現象が、たとえぶつけたものをどかしても繰り返す。
   最後には居直り強盗に玄関で刺された後、退院して戻ってきた時に刺される現象だけが起こり死亡。
小説→深谷が上記の話が載った小説を新幹線の中で読んでいると、
   無限ループに陥り、厭な上司の嫌味を延々聞かされ続ける
   日頃の不満を全部ぶつけたときに、無限ループが解除される。

全て別の人物が主人公で、そのことを深谷に相談する展開があります。
厭な彼女に出てきた郡山は、厭な小説で自殺したことが明かされています。


933 名前:本当にあった怖い名無し :2012/08/13(月) 23:21:35.48
>>923
だよな。
本人も「あなたが厭だというのなら、私、何でもしますのに。」って言ってるじゃん。
これって厭と言う事は何でもするってことだろ。
厭と言わなければ何もしない。

 

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