疑惑(ドロシー・L・セイヤーズ)

455 名前:1/3 :2012/09/02(日) 01:55:06.54
ドロシー・L・セイヤーズ「疑惑」

A夫妻は新しい料理女、Bに満足している。
A夫人が神経症を患ったため、有能な使用人が必要だったのだ。
Bは紹介状も持たぬ中年女だが、それは母親をずっと介護していたため。
面接したA夫人が、直感で雇うと決めたのだった。

ところで、ある町で連続毒殺疑惑をかけられた中年の料理女が行方不明になった。
自殺したとか偽名でどこかに雇われているとか、噂がやかましい。
A氏は新聞に載った不鮮明な写真を見て、Bに似ているのではないか?と疑惑を持つ。

季節は春、A氏はチューリップの球根を植えようと思った。
庭の物置小屋に行くと、去年厳重に封をして仕舞ったはずの除草剤の缶のフタが緩んでいる。
除草剤には砒素が入っている。
例の逃亡した料理女は、砒素で父親や雇主を殺していた。

A氏はA夫人を心の底から愛している。
A夫人は華奢な美女で、地元の演劇協会に所属している。
今度のイベントでは、隣人のC夫妻の息子と一緒に舞台に立つ予定で、A氏の同僚も楽しみにしている。

A氏の疑惑は確信に変わった。
A氏自身も、最近胃のむかつきに苦しんでいるのだ。


456 名前:2/3 :2012/09/02(日) 01:56:29.25
球根を植え終ると、応接室で隣人のC夫人とその息子がA夫人と歓談していた。
歓談というより、C夫人が一方的に喋るだけである。
話題は例の連続毒殺事件だ。
A夫人は相槌を打つが、明らかに顔色が悪いので、A氏は愛する妻のために助け舟を出した。
「奥さん、今がレンギョウの挿し木をするのにちょうどいい時季ですぞ。一本切って進ぜましょう」
A夫人もC息子も明らかにほっとした様子である。

それから数日は、A氏の体調は回復したようだった。
ある日、夜遅く帰るA氏のために、Bがココアを作っておいた。
『温めてお召し上がりくださいませ』
とのメモつきで。
A氏はココアを空き瓶に詰め、足音を忍ばせて庭の物置小屋に向かった。
あの日きちんと封を直したはずの除草剤のフタが、また開いていた。
A氏は寝室に駆け上がり、A夫人の無事を確かめると情熱的に抱き寄せた。

翌日A氏は、ココアを友人の化学者に分析してもらった。
結果はクロ。砒素が検出された。
通報を友人にまかせ、A氏は急いで帰宅した。夫人は無事だろうか…!
角を曲がると玄関から若い男が出てきた。C息子だ。
夫人が見送っている。よかった、無事だった!
お客を呼んだから、Bは殺人を思い止まったのだろう。


457 名前:3/3 :2012/09/02(日) 01:57:47.08
テーブルに茶器が出ている。
夫人は驚いて、少し興奮した様子だ。
A氏が夫人に尋ねると、お芝居の打ち合わせのためにC息子を呼んだ、と言う。
そこにBが帰ってきた。

「まあ旦那様、お早いお帰りですこと。それはそうと聞いてくださいませ、例の毒殺犯がとうとう捕まったそうでございます」
「市場に買い出しに行ってまいりましたのですが、その話で持ち切りでございました」
「お年寄りの姉妹のお宅に、住み込みで働いていたそうでございます。
 毒薬もちゃんと持ち歩いていたそうでございます、なんて恐ろしいことでしょう」

それでは、胃のむかつきは…ココアの砒素は…!
鈍感なA氏は夫人を振り返った。

鈍感すぎてイライラするわー。

 

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