馬喰八十八(佐々木喜善)
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449 名前:後味の悪い昔話 「馬喰八十八」 投稿日:2008/05/24(土) 18:39:23
- 昔々、あるところに八十八(やそはち)という名の貧しい馬喰(馬商人)がおりました。
貧乏なので馬商人のくせに、たった一頭のやせ馬しか飼っておりませんでした。
ところが隣に住む長者どんの家には、48匹もの立派な馬が飼われておりました。
八十八は、ぜひとも隣の長者どんのような立派な馬を曳いて道を歩いてみたいものだと思い、
隣の長者どんに頼みました。
「ダンナ様や。明日の馬市に立派な馬を挽いて行きたいすけ、馬ぁ明日一日貸してくれねぇヴえか?」
長者どんは
「お前がこの馬を『隣の長者様の馬だ』と言って町中ふれ回るならば、貸してやっても良いぞ。」そこで八十八は48匹すべて馬を借り受けて、翌日馬市に行きました。
八十八が体格も毛並みも見事な馬を連ね、
最後に自身のやせ馬を繋いで道を歩いていると、知り合いのものが驚いて誉めそやします。
「八十八ぁ、こげな立派な馬どこで買ってきた?」
八十八は口から出任せに
「なぁに。 となりの長者がバカだすけ、みんな俺に売ったのさ。しんがりのやせ馬ばかりが長者の馬だ。」馬市の様子をこっそり見に行った隣の長者どんは八十八がデマを流したことに怒り、
すぐさま村へ帰えり、やがて馬を連ねて戻ってきた八十八に
「この野郎よくも町でボガ(うそ)流しやがって、俺に恥かかせて。この返報はこうだ!」
と叫ぶが早いか、巨大な斧を振りかざし、八十八のやせ馬をぶった切りにして殺してしまいました。馬を殺された八十八はひとりきり泣いた後、せめて皮でも剥いで、町に行って売ろうと
皮を剥ぎ取りました。
そして翌日、馬の皮を背負って町へ向かいました。続く
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451 名前:後味の悪い昔話 「馬喰八十八」 投稿日:2008/05/24(土) 18:59:42
- ところがその日はひどい雪降りで、馬の皮を背負った八十八は難渋するばかり。
見ると野中に一軒家があります。
八十八がその家の縁側にこっそり座って休んでおりますと家の中から睦み声がする。
戸の隙間から中をうかがえば、その家のカカァが間男を引き込んで、
酒飲んでイチャイチャしているではありませんか。
これはけしからん、となおも伺っておりますと、表のほうから、カカァ今帰ったぞ、と声がする。主人が帰ってきたことに驚いたカカァは慌てて酒の膳を奥の座敷に、つまみのタコの足は壁の釘に引っ掛け、
大事な間男は戸棚の葛篭(つづら)の中に隠しました。
そして平然としながらダンナをむかえます。
「ああ寒かった。よくこんなに火を焚いてくれたな。」
「あんたが帰ってくるころだと思って、焚いておいたのさ。」そこへ八十八がやってきて、
「私は旅の八卦置き(占い師)だが、この屋の旦那様には
今日明日中にとんでもない災難に遭う相が出ておりますぞ。」
藪から棒にこう言われただんなはあきれるばかり。
「私は何でもお見通しです。この家の奥の間には膳と椀がありますぞ。台所の壁にはタコの足がかかっております。」ダンナが見れば確かにその通り。
そして八十八は背中からやせ馬の皮を取り出すと一層もったいぶって
「わしはこの皮を揉んで、臭いを嗅いで物事を知るのです。
今この皮にでておりますことによれば、その戸棚の葛篭の中に、今夜おまえさんの命をとる
化け物が隠れている、と出ておりますぞ!」
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455 名前:後味の悪い昔話 「馬喰八十八」 投稿日:2008/05/24(土) 20:16:50
- 葛篭の中に命をとる化け物が潜んでいる、と聞いただんなは泣き顔になって
「どうか八卦置き殿!何とかおらの命を救ってケロじゃ!」
八十八は戸棚から葛篭を引きずり出し、
「こら化け物よく聞け!お前は何の恨みがあってこの屋の旦那の命を取ろうとするか!
次第によっては貴様の命をもらうからそう思え!」
葛篭の中の間男は恐ろしさにガタガタブルブル。葛篭が揺れ動くのを見た旦那は殆ど半狂乱で
「八卦置き殿、百両払うから、どうかこの化け物をどこかへ持っていって捨てくれ!」八十八が答えることには
「これはわしの手に負える代物ではない。とても100両では足らない。」
「それではもう50両出すから!これを退治してクナさい!」
「ならば50両に負けて引き受けよう。」
そういって150両の金を懐に、八十八が葛篭を担いで出て行こうとしますと、「八卦置き殿、どうかその占いの皮をワシに売ってくれ!50両出すから。」
「とんでもない。これはワシの商売道具である。とても50両では売れぬな。」
「それでは50両足す!どうか売ってくれ!」
というわけで八十八は旦那から化け物退治代150両、馬の皮代100両受け取り、
さらに間男入りの葛篭を担いでその家を出ました。続く
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456 名前:後味の悪い昔話 「馬喰八十八」 投稿日:2008/05/24(土) 20:41:55
- 間男入りの葛篭を担いだ八十八は村はずれの大川の橋の上まで来ると葛篭を肩から下ろして
「この化け物めが!この八卦置き様が貴様を川の中に放り込んでやっからな!念仏の一くさりでも唱えろ!」葛篭の中の間男は泣きながら
「八卦置き殿、どうか命だけは助けてくだされ。100両出すから!」
「いいや、100両では足らぬ!」
「それではもう50両出すから助けてクナさい!」「それならば150両にまけて勘弁してやる!
これに懲りて、二度と人のカカァ盗むような真似だけはするなよ。」こうして八十八は間男を解放しますと、化け物退治代150両、皮代100両、間男から150両。
都合400両受け取って家に帰りました。そして翌日、隣の長者どんに金をズラリと並べて言うことには
「ダンナ様ぁ。昨日ダンナ様に殺してもらったうちのやせ馬の皮を町に行って売ったら、
これだけで売れあんした。何でも近いうちに戦が始まると言うて、陣太鼓の皮に鎧に、
革が幾らでも入用なんですわ。ダンナ様のところの馬も、殺して皮はいで売ったらどうであんすか?」続く
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458 名前:後味の悪い昔話 「馬喰八十八」 投稿日:2008/05/24(土) 21:15:23
- 昨日の間男の一件なぞ知らない長者どんはすっかりだまされて
「幾ら馬ズッパリ(たくさん)飼っていても飼い葉は食うし、手入れもせんらなん。
それじゃぁおらも馬殺して皮にして売るべぇ。八十八、お前も手伝え!」そうして長者どんは下男や村の衆を集めると、48匹の立派な馬を斧や棒で片っ端から
ブチ殺してしまいました。やっぱり一番殺しが上手いのは八十八でした。
そうしてみんな皮を剥ぐと、「皮一枚のご祝儀」などと言って村の衆を集め、大盤振る舞いをやらかしたのです。そうして翌日、下男どもに重い馬の皮を担がせ、街の真ん中から外れまで
「馬の皮、300両に負けた!安い安い!」と呼ばわって売り歩かせても
「あれ、バカな者もいるわ。やっぱり気が違ったこったべ」とあきられるばかりでした。事の次第を聞いて怒り狂った長者どんは、馬を殺すのに使った斧を振りかざして八十八の家へ
暴れこみました。そのころ八十八は、たった一人の婆様を介護放棄で死なせたばかりでした。
あれどうすべか、葬式出したら銭出さねばらなん、などと考え込んでおりますと、
例の如く長者どんが斧持って暴れこんでまいります。続く
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462 名前:後味の悪い昔話 「馬喰八十八」 投稿日:2008/05/24(土) 21:45:07
- 斧持って暴れこむ隣の長者どん。
八十八はとっさにバァ様の遺体を投げつけました。
怒り狂う長者どんはあたりのものを見境なく斬り付け、
婆様の遺体の腹を斧でザックリ断ち割ってしまいます。ドロリと流れ出す内臓。八十八はわざとらしく大声を出して
「隣のだんながたった一人のおらのバァ様殺した!」そしてウソ泣きしながら
「明日にはお代官さまに訴えるべぇ!」
その声でやっと長者どんもわれに返り
「八十八悪かった、どうか許してくれ、隣近所のよしみで助けてくれ、お代官様には内密にしてくれ!
100両はらうから!」
「いいや、たった一人のバァ様だ!人の命を100両バッチで買えるかや?」
「ならばもう100両!」
「足りない!」
「ならばまだ100両出す!」こうして八十八ははじめから死んでいたバア様の遺体をわざと斬らせ、ダンナから300両むしりとったのでした。
それからその金で馬を1頭買い、村の衆が誰も知らないことをいいことに、
バア様の遺体の腹を布で縛って生きているようにして馬に乗せました。
そして「湯治に行く」と言って村を出たのです。湯治場へ向かう道中。峠の茶屋へついてみますと、中では四、五人のドキュソ遊び人が酒盛りをしておりました。
八十八は上がり込むと、ドキュソが飲んでいた酒を断りもなく飲んでしまったのです。続く
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466 名前:後味の悪い昔話 「馬喰八十八」 投稿日:2008/05/24(土) 22:08:13
- さて、勝手に酒を飲まれた茶屋のドキュソどもは怒り狂い
「どこの馬の骨だ!そんなに酒が欲しけりゃこうしてくれるわ!」と、
炉にかかっていた鉄瓶を八十八めがけて投げつけました。
ところが八十八はヒョイと身をかわしましたので鉄瓶は茶屋の外にまで飛び、
馬の背に乗っていたバァ様の遺体にヒット!
はじめから死んでいるバァ様は馬からバタリと転げ落ちます。それを見た八十八は
「やぁ、この人でなし、湯治に連れて行く途中のおらのバァ様殺した!」とわめきたて、
結局ドキュソから50両もゆすりとってしまったのです。もともとはじめから遺体のバァ様ですから湯治までもないと、八十八はバァ様の遺体を家へ持っていって、
庭の柿の木の下に埋めておきました。そして翌日、隣の長者どんに言うことには
「ダンナ様、昨日ダンナ様に殺されたうちのバァ様を、50両で売ってきた。
何でも人の肝が薬になるというて、人買が峠の茶屋まで来ておった。旦那様どうでがんすか?
お宅のバァ様生かしておいても仕事は出来ない、この時代だからお上から年金も払われない。
無駄飯食って介護にも疲れる年寄りだ。
この際タタッ殺して、売ったほうが得であんす。」続く
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473 名前:後味の悪い昔話 「馬喰八十八」 投稿日:2008/05/24(土) 22:44:23
- 隣の長者どんは八十八に何度も騙されていながらまたすっかりその気になって、
自分のバァ様を斧でブチ殺してしまいました。
そして前に馬を全部殺して、自分の馬も無いものだから八十八に借りた馬にバァ様の遺体を載せ、
峠の茶屋まで行ってもそんなもの買うものがいるはずもない。八十八の口車で馬を殺し、バァ様まで殺した長者どんは怒り心頭、
このような外道畜生国賊非国民を生かしておいたら、
この先どんな目に遭わされるかわからない、今のうちに始末してしまえ!と
屋敷の下男どもを呼びつけ、
「八十八の畜生を、大川の深みにタタッ込んでしまえ!」と命じました。
馬鹿だんなに仕えていながら忠実な下男どもは夜も明けきらぬうちに寝込みの八十八を襲い、
蒲団ごと縛り上げてグルグルの簀巻きにして、ウンセウンセと引っ張ります。
「お前ら、俺をどうするんだべか?」
「お前のような畜生を生かし置いたら、この村の衆みんなが迷惑するだ!
だから旦那の命で、貴様を大川の淵にタタッ込んで殺すんだ!」
それを聞いた八十八は
「それなら覚悟を決めよう。お前らとは朝晩顔をあわせた仲だ。
俺はたんまり溜め込んだ銭金を、庭の柿の木の下に埋めてある。それをお前らにやろう。」
下男どもは八十八がたっぷり銭を毟り取っていることを知っているものですから、
それっとばかりに八十八を放り出してかけ去ってしまいました。
橋の上に放り出された八十八がほくそ笑んでいますと向こうから牛飼いが、
牛の背中に魚の荷をドッサリ乗せてやって来ます。蒲団巻きから首を出してみてみますと、
その牛飼いはひどい眼病やみで、腐ったような目やにまみれでした。続く
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474 名前:後味の悪い昔話 「馬喰八十八」 投稿日:2008/05/24(土) 22:46:28
- やってきた牛飼いは不思議そうに八十八を見て
「おめ、そんな格好でどうしてるだ?」
八十八が言うことには
「おらも昔はひどい目腐れだったが、巫女殿に聞いてみたら
『橋の上で蒲団さくるまって、目クサレ御用心御用心、と唱え続ければ治るべ』という話であんす。
どだ?おめも酷い目クサレだすけ、おらみたいにやったらどうだ?おらはこの通り良くなった。」
と、でまかせ言ってはじめからきれいな自分の眼を見せました。
牛方はすっかりその気になって八十八を蒲団から出し、自分がかわりに蒲団に入って縛ってもらうと、
「おらも唱えてみるすけ、おめはおらのかわりに街さ行って、魚の荷届けてけろじゃ!礼はあとでするすけ。」
八十八はいい気持ちで牛方から魚荷をのせた牛を受け取り、村へと帰りました。一方、八十八を放り出した旦那の下男どもが八十八の家の柿の木を掘ってみたら、出てきたのはバァ様の腐乱死体。
「やれ、八十八の外道が!旦那にあきたらずおらたちまで騙し腐って!」
怒り心頭で大川の橋の上に行ってみれば、橋の上では蒲団包みが
「目クサレ御用心 御用心」としきりに唱えております。
何言ってごまかすか!この畜生!と下男どもは、中身は牛飼いの目腐れとはつゆ知らず、
大川の深みにタタッ込んでしまいました。続く
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475 名前:後味の悪い昔話 「馬喰八十八」 投稿日:2008/05/24(土) 23:03:07
- 下男どもは意気揚々と旦那様のお屋敷へ帰り
「旦那様シ、八十八の野郎を確かに深みにブチこんで参りました。あんな畜生でも往生したべぇ!」
と自慢げに語っているところへ現れたのが八十八。魚荷をどっさり乗せた牛を連れております。「いや皆さんおありがとうであんす。淵の中には立派な御殿があって、きれいなあねさまがおった。
そいで、よく来てくれたと言っておらに牛だの魚だのくれた。
今夜は泊ってけって言われたども、真っ先に旦那さまに知らすべと思ってこれだけ貰って帰ってきた。
どだ?旦那様。もう一度行ったらもっと貰えっかもしんね。まずはこれはおらからの土産だべ。」
と、牛方の目クサレ爺様からくすねてきた牛と魚を旦那様に渡しました。それを聞いた長者どんは
「おらも淵の底さ行って、きれいな姉様から宝物もらうべかな。」
「そうするべそうするべ。おらだけでも牛だの魚だのもらえたんだ。
旦那様だったら幾らでも貰えっぺ。」こうして旦那様はまた八十八の口車に乗せられ、大川の淵に飛び込んで、2度と上がってきませんでした。
続く
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477 名前:後味の悪い昔話 「馬喰八十八」 投稿日:2008/05/24(土) 23:08:42
- そうして八十八は長者どんの留守宅に上がりこみ、長者のカカァ様に
「オカカ様、長者どんは竜宮城さ行って二度と帰ってこね。
オカカも屋敷のみんな八十八さくれてやると言ってあんした。だからおらと夫婦になってござい!」
こうして、八十八は長者どんの後家さんと結婚して、幸せに暮らしましたとさ。
めでたしめでたし。
完!
参考文献『聴耳草子』佐々木喜善 著 昭和39年 筑摩書房発行