疑惑(星新一)

777 名前:本当にあった怖い名無し :2009/05/06(水) 15:58:07
星新一 疑惑

N氏の職業は霊媒師
彼は死者との交信能力を持っていた。
交信能力を使った後は気怠くなり、必ずしも楽な商売とは言えず、
その上何を聞かれどう答えたのか記憶に残らないことは彼を物足りない気分にさせたが、
前者は多額の謝礼金で補われ、後者は責任が軽くなることで補われた。
N氏の妻は、極めて美しい人だった。
「本当に俺のことを好きで結婚したのか?」
「もちろん、そうに決まってるじゃない」
いつもこの答えが返って来る。しかしN氏は納得出来なかった。
N氏の結婚に伴い、彼女の前の婚約者は破談になり、その後男は不慮の死をとげた。
「婚約者だったあの男の死を、失恋のあげくの自殺だと思って気にしてるんじゃないのか?」
「そんなことないわ」
否定はするが、その口調には曖昧な響きがあった。
悩んだ挙句、N氏は交信能力を使い妻に真実を問わせることにした。
面識が無ければ遺品を必要とするが、N氏は男と面識があったため念じるだけだった。
精神統一し男の霊が乗り移り、N氏の意識は無くなった…

…N氏は意識を取り戻した。
「おい、どうだったんだ?」
N氏はこう聞きながら妻を見た。
「やってみてよかったわ」
妻の返事は漠然としていたが、声にも表情にも満足感が表れていた。
N氏はほっとした。
やってみたかいがあった。試みは成功したようだ、と。
N氏の気分は晴れやかなものになったが、やがてそれは再び曇り始めた。それどころか、以前にも増して濃い雲が出てきた。
妻が妊娠したのだ。
普通なら喜ばしいことだが、調べてみると受胎の日はあの試みの日をさしている。
いったい、妻の中にいる子は誰の子になるのだろうか…

 

天国からの道 (新潮文庫)
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