ホーム » 小説 » 小説/か行 » 剣客商売/待ち伏せ(池波正太郎)

179 名前:1/2 :2010/12/22(水) 17:59:38
時代小説『剣客商売』より、「待ち伏せ」。

老中・田沼意次の屋敷へ剣術指南に通っている秋山大治郎は、父の知人宅へ寄った帰りの夜道で
仇討ちを名乗る若者らから襲撃を受けた。どうやら人違いだったようで、応戦して誰何すると若者らは去った。
大治郎は、同じ知人宅に自分と背格好の似た訪問客がいて夜目で見間違えられたのではないかと推測した。
その知人宅は、父が道場を開いていた頃にいろいろと気を遣って世話してくれた恩人で
かつては幕府の要職も歴任していたが、今は童子のように無邪気な隠居の好々爺になっている人の家だった。
めっきり外出が減ったご隠居は、大治郎や父・小兵衛が時おり訪問して世間話を聞かせてくれるのを喜ぶ。
大治郎もまた、剣術一筋で生きてきた世慣れぬ身としては、公儀要人だったご隠居の経験談はためになった。

翌日、仇討ちの件が気になってご隠居宅の周辺をそれとなく見回っていた大治郎は、
自分よりだいぶ年上だが背格好の似ている男が家から出てくるのに出会った。
自分は夜に帰ったが、その訪問客は泊まっていたらしい。
大治郎が昨夜の襲撃の件を男に話すと、男は素直に自分が追われる身であることを認め、
「あなたには大変なご迷惑を掛けた、二度とこのような事が起きないようにする」と言って去った。

大治郎が父の許を訪ねて事のいきさつを話すと、小兵衛は
その男と直接の面識はないが、昔ご隠居の家来だった者で、同僚の妻を手ごめにして自殺に追いやり
その同僚もまた妻を失ったことで世を儚んで首を吊ったと聞いている、と語った。
親の仇討ちを名乗る若者は、当時幼かった同僚の遺児らしい。
しかし大治郎は、あの礼儀正しい男がとてもそのような所業を行ったとは思えない。
もっとも、父の持論では「人間は、普段どんな立派な人でも他人には言えぬ裏の顔を持っているものだし、
どうしようもない悪人でもふと善事を行う時もある。一面だけでは分からない」とのことだった。


180 名前:2/2 :2010/12/22(水) 18:00:48
去り際の男の口ぶりから何か嫌な予感がしていた大治郎は、男の家を訪ねてみる。
すると途中の道端の蔭に、血まみれで斃れている男を見つけた。
自らの刀は鞘から抜かないまま、覚悟の上で抵抗せず斬られたようだった。
男の遺体を家に運んだ大治郎は、その妻から真相を聞かされる。
同僚の妻を陵辱して自殺に追いやったのは、男ではなく当時まだ要職にあったご隠居自身だった。
そして、抗議してきたその部下まで絞め殺し、縊死を偽装した。
浪人暮しから拾ってもらった恩義がある男は、大身旗本であった主人の不祥事を身代わりでかぶり
敵持ちとして追われながら出奔することとなった。転々とし、近年ようやく再び江戸に戻ってきたところである。

事の次第を質しに大治郎がご隠居宅を伺うと、あどけなく歓待していたご隠居は表情を豹変させ
静かに語る大治郎へ「帰れ」「下がれ」と冷たい目つきで短く言い放った。
そして辞去する大治郎へ「わしが昔、父御の面倒を見てやったことを忘れるなよ」と念押しした。

それからご隠居宅との親交は絶えたが、しばらくの間
大治郎は道々に覆面の暴漢達から襲い掛かられることがしばしばあった。
翌年、高齢であったご隠居が他界すると、暴漢の襲撃はぱたりと熄んだ。


182 名前:本当にあった怖い名無し :2010/12/22(水) 18:41:19
>>179
すげぇ
面白い!!
しかしやなじじいだね
大治郎が強くて良かったよ

183 名前:本当にあった怖い名無し :2010/12/22(水) 21:24:05
結果的に、父親の持論
>
人間は、普段どんな立派な人でも他人には言えぬ裏の顔を持っているものだし、
>
どうしようもない悪人でもふと善事を行う時もある。一面だけでは分からない
は的を射ていたわけだな。

 

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