スペシャル・メニュー(まつざきあけみ)

9441/4:2013/07/09(火) 11:25:05.39
まつざきあけみ「スペシャル・メニュー」

あの戦争が嘘のように復興した昭和36年の東京には、
「給料の半分が吹っ飛ぶ」価格帯のレストランもできていた。
食通で有名な随筆家A氏は、そのレストランの得意客。
得意客の中に戦前には高名な学者だったB氏がいて、
何を考えているのか必ずA氏の近くに席をとるのだった。

この日も、婚約者や友人と会食しているA氏の後ろに席をとり、わざとらしく溜め息をついた。
「ここの肉は東京一、いや日本一。だがあの肉には遠く及ばない。まるで砂を噛んでいるようだ」
A氏はその台詞に興味を持ったが、B氏は軽くいなした。
曰く、君のような前途有望な若者が、
私のように何を食べても旨いと思えぬつまらぬ人生を送ってはいけない。
曰く、他では手に入らないからお教えしても無駄。

読者から見れば大きすぎる釣り針だが、
A氏はしつこく食い下がりB邸でのディナーの約束を取りつけた。
同席していた生物学助教授の友人によると、
B氏は戦中に3歳の娘を、戦後すぐに夫人を亡くした気の毒な人物。
しかも、土葬された夫人の墓は墓荒らしにあった。
それと前後して、B氏は事件を起こして学界を追放された。


9452/4:2013/07/09(火) 11:27:13.18
B邸でのディナーの会話は、美食談義からしだいに
食卓にはふさわしくない方向にそれた。もちろんB氏の誘導。

「近頃の自称美食家はせっかちでいけません。待つ事も食事のうち、
  ほら食欲と性欲は比例すると申しますでしょう。たっぷり時間をかけて愛撫するのです」
「ある肉屋は、抱き締めたくなる程の愛しさを感じた枝肉だけを仕入れるそうです。
 
肉を扱うからには肉を愛さなくてはいけません」

B氏の娘は、オハジキは小麦でできているから食べられるというデマを信じて、
オハジキを喉に詰まらせて窒息死した。
元々病弱だったB夫人は栄養失調で亡くなった。
B家のしきたりで土葬されたが、墓荒らしにあって遺体が盗まれた。
兵卒として南方に派遣されたB氏の部隊は壊滅し、
飢えで狂った戦友は蛆を銀シャリと思ってむさぼり食った。
生き残りの兵隊は、蛆の餌になるより俺たちの腹におさまった方が
死んだ戦友も浮かばれる、と屁理屈をつけて死体を食った。

…メインディッシュが自分だけにサーブされた事を訝しむA氏に、B氏は言った。
「今ならまだ間に合います。私は死ぬ気でその肉の誘惑を絶ち切りました。
  愛して求めた肉なのですがね…」


946 3/4:2013/07/09(火) 11:28:44.82
その肉は、食通のA氏でも今まで味わった事のない極上の美味だった。
肉の種類を教えるようせがむA氏に、B氏は語った。

…戦友の肉は旨かった。帰国してからずっと、B氏は"あの肉"の誘惑と戦ってきた。
夫人が亡くなった時、B氏は画期的な合成保存料を完成させていた。
愛妻を地虫の餌にするよりはいっその事…と、B氏は墓を掘り起こし死体に保存料を使い、
地下室の大型冷蔵庫に保管した。
あれから16年、夫人は生前と変わらぬ美しい姿を保っている。
嘘だと思うなら地下室を確かめてごらんなさい、と言われたA氏は呵呵大笑し、
B氏のもてなしと才気を讃えた。
ところでメインディッシュの肉には小さな骨がついていたので、
A氏は生物学助教授の友人に見せてみようとこっそり持ち帰っていた。

…ディナーから数日、A氏はB氏が言った通り何を食べても砂を噛むような気がしていた。
婚約者が心を込めて作ってくれた食事も喉を通らない。
そのうち、肉を見れば蛆がわいている幻覚に苦しむようになった。
あれが人肉なんかであるはずがない、と思いながら
肉の正体を教えてもらおうとB邸に行くと、すでに空き家。
窓から忍び込むが、地下室の冷蔵庫は空っぽ。


947 4/4:2013/07/09(火) 11:30:17.99
A氏は心配してあとをつけて来た婚約者の喉を噛み破り、死体を食っている所を逮捕された。

A氏は精神病院で衰弱死寸前。B氏の暗示のせいで、"あの肉"以外食おうとしないのだ。
…B氏が学界を追放されたのは、開発した化学調味料(保存料ではない)の
人体実験を行ったためだった。
その調味料は、食品の味を極上にするが激しい副作用が死ぬまで続く。
調味料を盛った食品以外食べられなくなり、激しい幻覚に悩まされる。
人体実験に使われた浮浪者は今も精神病院に収容されたままで、
(実験時にふるまわれた)クジラ肉しか食べられないそうだ。

B氏は戦時中は内地勤務で、ディナーの席で語った事は体験していない。
夫人の死体が盗まれたのは事実だが、死姦趣味の変質者が犯人で
死体はちゃんと見つかり、もう一度埋葬された。
B氏の所在は今もって不明。
B氏の暗示のせいで起きた惨劇…という事になったが、
A氏がこっそり持ち帰った例の小さな骨は、人骨の一部だと判明した。終。

B氏がA氏をタゲった理由が明かされないし、
あの料理は結局何の肉!?ってなって後味悪い。
(本当に人肉なのか、獣肉に人骨をくっつけたのか)


965 本当にあった怖い名無し:2013/07/10(水) 09:27:26.03
>>944
それ雑誌で読んだなぁ
毎回レストランで出された料理に手を付けないで
気取ったことばかり言っていたから、
シェフと口論になったシーンも覚えてる「食べなくても味はわかる!」

ラストシーンの鉄格子を握って叫ぶシーンと
人骨だと分かったシーンも思い出すけど、
真相をうやむやにして終わらせたから未だに後味悪い。


966 本当にあった怖い名無し:2013/07/10(水) 11:16:05.40
>>965
鉄格子云々は、浮浪者ですね。
最後、A氏は寝たきりで意識もないことが台詞でわかるので。
シェフとの口論は、出版記念パーティーの後
ホテルの玄関でハイヤーを待つA氏に若い料理人が
「いつもいつも乱痴気騒ぎしやがって、料理はほとんど手付かずのまま生ゴミに。
 あの戦争からまだ16年しか経ってないんだぞ」

 

スペシャル・メニュー (ソノラマコミック文庫―華麗なる恐怖シリーズ)
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(ソノラマコミック文庫―華麗なる恐怖シリーズ)