猿島(福澤徹三)

650猿島1/3:2013/08/05(月) 19:17:22.92
福澤徹三の短編小説 「猿島」

わたしは妻と小学3年の息子健太と海外旅行に南国のS島にやって来た。
S島は観光地としてはあまり有名ではないが、
物価が安く治安の良い「美と健康の島」と言われ
最近知る人ぞ知る人気の場所だという。

広告代理店に勤めていたわたしが古い友人のつてで
大学の講師の仕事を紹介され転職することになったので
そのお祝いをしようと、妻の佐智子が今回の旅行を提案してきたのだ。

わたしは新婚旅行ぐらいしか海外旅行の経験がないので、
すべて佐智子が手続するのならと了承したのだ。
結婚前は旅行が趣味だったと言うだけあって
格安でここに来ることができた(エコノミーは閉口したが)

空港を出ると現地人の若いガイドが車で迎えにきてくれていた。
車の中でわたしが煙草を吸おうとするとガイドにこの島では全面禁煙だと注意された
島では健康に非常に気を使っているという。
私はうんざりしたが、これも時流かとあきらめた。

窓の外を見るとやたらと猿が多いのに気が付く、
ガイドが猿は神として崇められ大切にされていると教えてくれた。

ホテルの部屋は海が一望できて素晴らしく豪勢なものだった。
こんな部屋に三泊もして大丈夫なのかと聞くと、
佐知子は大手ではなく小さい旅行代理店で取ったから
これでも格安なのだと笑って答えた。

食事も新鮮な海の幸をふんだんに使ったものだったが、
健康を意識してか薄味だった
佐智子は美味しい美味しいと言いながら写真を撮りまくっている、
後でブログにのせて友人に自慢するためだろう。
酒好きの佐智子がワインの追加を頼むと断られた。
また健康のためだとワインは1人1本までビールは2本まで。
さらに来年からは島全面酒禁止だというからあきれた。


651猿島2/3:2013/08/05(月) 19:20:25.03
翌日朝から佐知子はエステにいそしんでいる。
その間にわたしは健太と部屋付きのプールに入ったが
健太はプールサイドで携帯型ゲーム機で遊んでいる。
現代子はこんなものかもしれないが
健太はそのせいですでに厚い眼鏡をしているのだ

エステから帰った佐知子も交え島一番の市場へ見学に出かけた。
格安プランのためガイドは行きと帰りだけで間は付かないのだという。
ホテルを出るとタクシーの運転手たちがわらわらと集まってきた。
しつこい誘いに辟易しているとたどたどしいが日本語を話す
初老の運転手に声をかけられる、昔日本に出稼ぎに来ていたそうだ。
その人に頼もうとしたが佐知子に身なりがみすぼらしいからと止められ
別のタクシーに乗り込み、市場へ来た。

活気にあふれた市場は見ているだけで楽しかったが
買い物をするのは佐知子ばかりでわたしと健太はすぐに飽きてしまった。
健康に気を使ったのだろうあまり辛くないカレーを昼食に取りホテルへ帰ることにした。

その前に広場で涼もうとすると、そこにはたくさんの猿たちがくつろいでいた。
まるで猿山に人が迷い込んだ錯覚すら覚える、
佐知子が今度は猿の写真を撮り始めると警戒心の無い猿たちが集まってきた、
追い払おうとすると一匹の子猿が素早く健太の眼鏡を取り上げ逃げて行く。
慌てて猿を追いかける健太と佐知子。
わたしはたくさんの荷物を持っていたため遅れて追いかける
周りの現地人に助けを求めるも皆ヘラヘラ笑って眺めるだけだ。

街灯に上った猿を健太が長い棒で突こうとすると怒った猿が歯を向いて吠える。
仲間をいじめられたと思ったのか他の猿も集まってきて威嚇の声をあげる。
隙を見て飛び降りた猿が大通りへ駆けだし
健太と佐知子が後を追おうとした時、鋭いブレーキ音が響いた。
飛び出した猿をバスがよけきれずにひき潰し、健太がその前でへたり込んでいた。
慌てたわたしは救急車を呼んでくれと叫び、佐知子もたどたどしい英語で周りに懇願する
しかしさっきまでと一転しわたしたちに怒りと憎悪の目を向ける現地の人々、
何事かと集まってきた人の数は膨れ上がり群衆と言ってもいいほどになった。


652 猿島3/3:2013/08/05(月) 19:24:37.29
やがてやって来た警官に人々は健太と佐知子を指さし何かを叫んでいる。
警官はうなずくと二人を連行していく。
怒りのあまり抗議しようとした時、
あの日本語をしゃべるタクシーの運転手に止められた
猿を殺すのはとても罪が重い、あなたはとりあえず逃げて
助けを呼んだほうがいいと忠告され、仕方なくホテルまで乗せてもらい、
ガイドに連絡し事情を説明すると困った声で自分は助けてやれないと言われる。
この国では子供でも罪を犯せば刑務所に入れられる、猿を殺すと約10年だと。
ふざけるなと言うと治安のためだ、この国では麻薬だと終身刑、
殺人は全て死刑、自分は何もできないと繰り返す。

あきらめて旅行代理店に電話するが、安い安いと佐知子が言っていただけあって
まるで要領を得ない事務的な答えしか返ってこなかった。
だが日本大使館へ行ったらどうかと言われ、そうすることにした。

ホテルを出るとあの運転手が待っていた。
大使館は本島にあるので空港まで乗せてもらう。
さっきまでのんきな旅だったのになぜこんなことになったのだと
頭を抱えていると着いたと言われる。
高めの金額を払い礼を言って別れようすると、
もしうまくいったら息子さんにあげてとキャンディ缶を渡された
パッケージのおどけた猿の絵がムカついたが善意なので受け取っておいた。

空港で本島行きの便に乗ろうとした時、
白人の警官に呼び止められ所持品検査を求められた
やましいことは何もない、急いでいるのだとすべての所持品を床に並べると、
警官は先ほど受け取ったキャンディ缶を険しい顔で開ける。
中から飴玉といっしょに白い粉の入ったビニール袋が出てきた。
乾燥剤かと思っていると袋を破り中の粉を指につけ舐めた警官が
わたしに警棒を付きつけ英語で怒鳴る。
それはさっきもらったものだと説明しようとしたが
強引に手を組まされ床に押さえつけられる
無線で話す警官の英語の中にヘロインというのが聞こえ、
あの運転手にはめられたことに気が付いた

警官たちに引きずられるように歩き出した時、
わたしはさっきのガイドの話を思い出した。
「この国では麻薬は終身刑」
へたり込んだわたしの尻を蹴りつけながら警官が忌々しそうに怒鳴った
「スタンドアップ!イエローモンキー」

 

怪談熱 (角川ホラー文庫)
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