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江戸川乱歩「恐ろしき錯誤」

北川は貰い火事で妻の妙子を亡くして以来、悲しみのどん底にいた。
教師の仕事をずっと休んで、妙子の遺影を抱いては泣き、
妙子の実家が寄越した乳母に抱かれて泣く赤ん坊を見ては泣き、
しまいには妙子を死なせた犯人への復讐を考え始めた。

火事の晩、北川は赤ん坊を抱き上げ、
「早く逃げろ、坊やは俺が連れて行く」
と叫んで近くに住む友人のK宅へ走った。
赤ん坊をK夫人に預け、Kと二人で貴重品を持ち出したが
火勢がひどくなったのでK宅へ引きあげた。
翌朝、焼け跡から妙子の焼死体が見つかった。

後日、Kは気になる事を言った。


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妙子は燃え盛る家の前を右往左往していたそうだ。
そこへ見覚えのある男が近寄り何か囁いたように見えた。
Kは貴重品を持ち出す事に夢中で、それきり妙子を見ていなかった。
てっきり近所の家にでも避難したと思っていたそうだ。
その男は、確かに見覚えはあるのだが誰かは思い出せない。
学生時代の仲間に間違いないのだが…

北川は、男が妙子に
『赤ちゃんがまだ家の中にいますよ』
と囁いて、燃え盛る家に飛び込ませたと信じた。

のちに北川夫人になる妙子は山の手のお嬢さんで、
女にしては頭がよく今どきの娘にしては淑やかだった。
まだ学生だった北川は遠縁なので、妙子の家に下宿していた。


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美しい妙子目当てで、偏屈な北川の部屋にはI、M、前述のK、
そして野本といった学友が集まるようになった。
野本は友人達の中で一番美男で秀才で、女にもてた。
妙子は野本の前ではよく喋りよく笑うようだと陰気な北川は信じた。

ところで北川の家は、遡れば妙子の家の主君筋だった。
北川は野本が休暇で帰省している隙に妙子の親に結婚を申し込み、婚約が整った。
妙子は親に逆らうようなあばずれではないし、妙子の古風な両親が
主君筋との縁組みを拒むはずがない、という陰湿な計算の勝利だった。
野本は以降浮いた噂もなく、独身を貫いている。


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Kが見たという怪しげな男は妙子に失恋したかつての友人に違いない、
最有力候補は野本!親切なKは除外!と信じた変人の北川は、
妙子の遺品のペンダントの複製を作らせた。
妙子はそのペンダントのロケットに北川の写真を入れて、大事にしていた。
北川は複製のロケットにそれぞれ野本、I、Mの学生時代の写真を入れた。

北川はまずI、Mの写真入りペンダントを持って両氏を訪ね、
妙子は彼女に横恋慕していたある男のせいで無惨に焼死した。酷い復讐ではないか。
しかし、妙子がその男をひそかに恋していたとしたらどうだね。
そいつは相思相愛の恋人を焼き殺したのだ…とネチネチ話してみたが、芳しくない。


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I、M両氏は渋い顔で聞いていたが、北川がペンダントを取り出す前に、
君は奥方に死なれて少しおかしくなっているんだ、
まあ一杯飲みたまえ少し落ち着いたらどうだ。と諭された。

野本は最初から様子が違った。
顔色が悪く目の下に隈ができていて、北川の話をろくに相槌も打たずに聞いている。
北川がペンダントを突きつけると、青ざめた顔で震えていたが、
ロケットを開いて写真を見るとがっくりと項垂れてしまった。
北川は勝利を確信し、ペンダントを取り戻すのも忘れて意気揚々と引きあげた。

翌朝、野本の使いの者が手紙を届けた。
巻き紙に達筆で書かれたそれを読んだ北川は発狂した。


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『昨日は大変失礼した、最近仕事が忙しく徹夜が続いていたのだ、
 お話の途中で気を失うなんて僕らしくもない』
『奥方を亡くされて悲しいのはわかるが、君の話はにわかには信じがたい』
『あまり思い詰めてはいけない、しばらく転地療養でもしてはどうか』
『追伸、お忘れ物を同封する。君はM君が犯人だと言うが、
 彼は悪事を働くような人物ではないよ。冷静になりたまえ』

同封されたペンダントにはMの写真が入っていた。
北川はペンダントを間違えたのだ。
この手紙が野本の本心なのか、間違いに乗じた嘘なのか、
はたまた怪しい男を見たというKの言葉そのものが嘘なのかは、
北川が発狂した今となっては不明。

 

D坂の殺人事件 (江戸川乱歩文庫)
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