ホーム » 小説 » 小説/か行 » 鴨狩り(阿刀田高)

5311/5:2014/02/10(月) 11:04:10.12
阿刀田高「鴨狩り」

遠縁の春代はたぶん90を過ぎているだろう。
若い頃はさぞ…と思わせる凛とした顔立ちの老婆だ。
敏行が老人ホームに訪ねてゆくと、問わず語りに昔の事を話してくれる。
春代は未婚だ。
敏行はあの時代に女が独りで生活するのは大変だったろうな、と思っている。

天子様が人間におなりになった頃にね、と春代は語った。
つまり昭和20年、春代はまだ20代、と脳内補完して敏行は興味深く拝聴する。

敗戦で全てがひっくり返ってしまい、春代は何もかも嫌になってしまった。
自殺を考えて闇雲に北へ向かい、農園主の夫婦に拾われた。


5322/5:2014/02/10(月) 11:06:48.50
優しい夫婦は、ただぼんやりしている春代を養ってくれた。
農園では池で鴨を飼っていて、
春代は毎日ぼんやり眺めているうちに鴨の言葉がわかるようになった。

春代は鴨になつかれ、『鳥の言葉がわかる娘』として新聞に載った。
もちろん肉用に飼っていたのだが、春代はトリ肉が嫌いだった。
記事がきっかけで、春代は東京の狩場に雇われた。

狩場は広大な敷地に大きな池があり、池と池は細い水路で繋がっている。
水路をはさんだ草むらにお客が潜み、
番小屋からの合図で網をかけて野生の鴨を狩るのだった。
野生の鴨を細い水路におびき寄せるには
狩場で飼っている鴨の中から特別賢いのを選別して調教する。


533 3/5:2014/02/10(月) 11:09:41.27
その為に春代が雇われたのだった。

…高貴なお方が、狩りと言っても鉄砲を撃つわけじゃない、
網で鴨を捕らえて鴨鍋に舌鼓をお打ち遊ばすのさ、優雅なものだよ。

おとりの鴨は
「やあやあ遠い所をようこそ、あっちの狭い水路にもっと旨い餌がありますよ
 僕についていらっしゃい、僕はここいらでは古顔なんです」
なんて言いながら何も知らない野生の鴨を罠にはめるんだ。

おとりの鴨は網が打たれたら水に潜って隠れるように調教済みさ、
次の狩りでも活躍してもらわなきゃならないからね。
哀れなものさ、あたしが調教したからとはいえ同類を売るんだから…

次に老人ホームを訪れると、春代は鳥になっていた。


534 4/5:2014/02/10(月) 11:12:36.55
職員によると、認知症の老人が動物になる事は珍しくないとか。
大抵の場合昔可愛がっていたペットになるが春代は鴨になって、毎回大変苦しむ。
和雄は医者に、春代が昔鴨の狩場でおとりの鴨を調教していた事を伝えた。
罪悪感は意外な所に出ますからね、と医者は言った。

春代はベッドにちょこんと丸く座り、首を縮めている。
なるほど、鳥に見えなくもない。
「みなさんこんにちは、あちらにおいしい餌がありますよ…
 ごめんなさい私は悪い鳥です騙してごめんなさい」

若い頃にほんの数年鴨を調教しただけでこんなに苦しむのかと、和雄は愕然とした。


535 5/5:2014/02/10(月) 11:15:18.75
和雄は偶然、春代の若い頃を知る女性に会った。
彼女の父が戦前から戦中に知り合いだったそうだ。
「あの人、特高の凄腕の工作員だったのよ。とってもきれいな人で…
 そしらぬ顔でオルグに潜入して、メンバーを売っていたんですって」

 

風の組曲
風の組曲


後味悪い
(後味悪ければクリック)
読み込み中 ... 読み込み中 ...