自由殺人(大石圭)

527 名前:1/5 投稿日:2006/06/07(水) 11:08:53
大石圭の「自由殺人」という小説。
帯の言葉は『貴方に人を殺す〝力〟を与えましょう』

とある金持ちの男(以下、主犯)は海外から裏ルートで13個の銀色のアタッシュケースを購入する。
中身は小型ビルを跡形もなく破壊するほどの〝力〟を持つ爆弾
それらは12月24日の正午から深夜0時まで、一時間ずつ順に自動的に爆発されるよう設定されている
アタッシュケースはダイヤルキーがついており、ダイヤルを合わせて開けば指定時間前にも爆発する
主犯はそれらのアタッシュケースを、今までの自分の人生でわずかでも関わりのあった者たちに送った

主人公は元マラソンランナーの朝香葉子(30)
現在は工場でのパートと、大人を対象に英語の家庭教師をしている。
葉子はかなりの美人で、ランナーとしては大成できなかったが実力のわりに多数のファンがいた。
しかし「容姿は遺伝のものでしかない。自分の実力で得た物しか嬉しくない」
とか言ってしまうようなストイックな性格。
22日に何者からか『プレゼント』と称された爆弾を受け取った葉子はすぐにそれを警察に届けた。
前日に、同じく爆弾を受け取った32歳の女も警察に届けていた。
葉子の爆弾は17時にセットされたもので、32歳の女のものは22時にセットされたものだった。

21時にセットされた爆弾を受け取った北村治子(56/掃除婦)はイタズラだと思い爆弾を捨てた。
それを拾ったホームレスが辻堂の駅前ロータリーで、金目の物を期待して根気よくキーを合わせていき、
やがて大爆発が起きた。44人が死亡し、110人が重軽傷を負う大惨事になった。

23日。妻子持ちで会社でも上手くやっているごく平凡で幸せなサラリーマン・小田豊(40)は
二日前に受け取った、13時にセットされた爆弾をどうするべきか迷っていた。
複数の爆弾がばらまかれている事は既にニュースでも騒がれているのでイタズラでない事は確信していたし、
理性では警察に届けるべきだともわかっていたが、圧倒的な〝力〟に小田は誘惑されていた。
嫌いな課長の家に置いてきたら…人で込み合う駅ビルに置いてきたら…どうなるだろうと想像する。
小田は苦悶の末、自宅から2キロ離れた警察署に爆弾を届けた。ただそれだけの距離に3時間もかけて。
「自分は誰も傷つけませんでした……誰ひとり殺しませんでした……」小田は警官にそう言った。


528 名前:2/5 投稿日:2006/06/07(水) 11:10:33
葉子の携帯に主犯から電話がかかる。主犯は爆弾探しのゲームをしようと持ちかけてくる。
爆弾のしかけてある場所を指示するのでそこに向かって走れという。もちろん車等は使ってはいけない。
警察に通報したら連絡を絶ち、遠隔操作で即座に爆破するという。
葉子はそれを受け入れ、駅伝にも使われる箱根の山を含める47キロの道を走りぬけ、
芦ノ湖のレストランに設置された爆弾を入手し、警察に届けた。その場に居た数十人の命が救われた。

24日。正午にセットされた爆弾を受け取ったのは喪男の小林和喜
料理店に勤める彼は清楚系の同僚に恋していたが、清楚系をイケメンに奪われ、
しかも清楚系はあっという間にイケイケギャルになってしまい、憎悪を積もらせていた。
爆弾を店に仕掛け、憎いイケメン達が死ぬ様を眺めてやろうと店の向かいのコンビニに居座り、
ニヤニヤしながらその時を待っていたが、思いの他強い爆発の威力によって、コンビニごと和喜は粉々になった。
和喜を含め、52人が死亡、104人が重軽傷を負った。
主犯は小林の勤める店に何度か訪れた事がある。小林は卑屈だが悪人には見えなかった。
しかしそう見える人間でも巨大な〝力〟によって豹変するものなのだなと主犯は思う。

14時の爆弾を受け取ったのは男子中学生の飯田マモル(14)。
幼いながら未来を冷めた目で見ている彼は自宅マンションに爆弾を放置して外出した。
度重なる爆発事件を警戒して外出せず、自宅に篭っていた人が多かったため、
爆心地のマンションや、破壊されたマンションの巨大なかけらに潰された近隣の家から
あわせて84人が死亡、224人が負傷した。自宅ですら安全ではないと人々は恐怖に震えた。
主犯はその報せに驚く。マモルは主犯がかつて在籍していた有名私立中学の生徒で、
以前電車に乗り合わせた時、老人に席をゆずっており親切で聡明な子に見えた。
次の爆発はどこで起こり、そして何人が死ぬのだろうと主犯は思った。

アルバイターの井上裕太は15時にセットされた爆弾をクルーズ客船に仕掛けた。
爆発により引きずり込まれるように船は海上で消滅し、乗客・乗員130人が死亡したと推測された。


529 名前:3/5 投稿日:2006/06/07(水) 11:12:46
16時セットの爆弾を受け取った早坂チエミ(23)は幼い頃から母に虐げられ、
義父には性的虐待を受け、それからも悪意ある人々になぶられ続け、
今では子供二人と自分が食って行くために出張SMクラブで働いている。
男たちに痛めつけられる鬱憤を子供に向かって晴らす日々。
自分の不幸さを嘆きながら、幸福な者への憎悪を燃やす彼女は、
子供連れが大勢集う平塚のサーカスに爆弾を仕掛けた。
889人もの死者と、3046人もの重軽傷者が出た。

家庭教師のアルバイト先に訪れた葉子は、
生徒のサトル(40/金持ちの息子でニート)が主犯だと気付く。
責める葉子に、自分はただプレゼントを贈っただけで殺意を持ったのは受け取り主だと笑う。
警察に通報しても受け取り主の名は明かさない、教えて欲しければただ走れとサトルは言う。
現在は16時半。時速15キロに設定されたベルトコンベアで一時間走りぬけたら、
18時にセットされた爆弾の受け取り主の名を教えると言う(17時のは葉子ので、既に警察が処理)。
走り出す葉子に向かい語りかけるサトル。サトルは葉子が高校駅伝に出た時からのファンだという。
無事15キロ走った葉子に、18時の爆弾の持ち主は百貨店の警備員の吾妻英次だとサトルは言う。
葉子に電話させるわけにはいかないと、サトル自身が通報する。それを信じるか否かは警察に任せる。
警察はサトルの通報を信じず、百貨店のオモチャ売り場に設置された爆弾により49人が死亡、
121人が負傷した。犠牲者の大半が幼児だった。

更にそのまま2時間走りつづけ、19時半になったら20時の爆弾の持ち主を通報するとサトルは言う。
筋肉に痙攣を起こし立ち止まりながらも、無事にあわせて45キロを走りぬける。
次の爆弾の持ち主は田島聖一(50) 電話を受け取った警察官は通報を信じて
田島家に問い合わせたが、既に聖一は家を出た後だった。
愛のない家庭やリストラで人生に絶望した聖一は無人の公園に
ただ一人爆弾を持って立っていた。もう考える時間はなく、最後に誰か愛しい人の顔を思い出そうとした。
そこで浮かんだのは自分を愛さない妻でも、引き篭りの息子でも、夜遊びに夢中な娘でもなく、
幼い自分にいつも優しくしてくれた幼稚園の先生だった。
やがて時間が訪れ、聖一は一人で死んでいった。


530 名前:4/5 投稿日:2006/06/07(水) 11:15:01
次は21時半から22時半まで走れば23時のアタッシュケースの持ち主を教えるという。
その頃、23時の爆弾を受け取った老人・猿渡哲三は一人でボートに乗り海にいた。
戦争経験者の彼は、他の仲間が死んでいった中で人肉すら食べて生き残った自分に
罪悪感を感じていた。妻が数年前になくなってからは、子供もなく寂しい日々を送ってきた。
そして爆弾を手にいれた時「自分たちが命さえ賭けて守ろうとしたのはこんな国だったのか」と疑問に感じた。
腐った人々を爆弾によって始末するべきではないかとも思ったが、猿渡は独りで死んでいく事にした。
やがて23時になった。しかしアタッシュケースは爆発せず、開いて見ると中には乾いた砂だけが入っていた。
「…俺はまた生き残っちまったよ」とつぶやきながら
猿渡は生まれたばかりの赤子のような気分で陸に引き返していった。

猿渡は戦場から、サトルの叔父の遺書を持ち帰ってきた人物だという。
もちろんその頃サトルは生まれていなかったが、その話を聞いてから興味を持ち猿渡を調べ続けた。
猿渡の隣の部屋に住み、猿渡とその妻の質素だが穏やかな暮らしを眺め続けた。
やがて猿渡の妻が死に、通夜に出たサトルは幼い頃以来のはじめての涙を流した。
それはこれから一人で生きていかなければならない猿渡への涙だったという。

そのまま走りつづけ0時の5分前、最後の爆弾はサトルの家の中に設置されているという。
「僕はここで死にます」と葉子にだけ逃げるように言うサトルを
葉子は殴りつけ無理矢理家の外へ引きずっていった。その瞬間、爆発が起こって
爆風に二人は飛ばされたが、重傷は負わずにすんだ。
中で起こってる事を知らずに、犯人の接触がないか葉子を監視していた
警察官たちに葉子はサトルを押しつけた。
皮肉にも葉子の努力によって救えた命は主犯のサトルだけだった。

サトルは逮捕されたが黙秘を続けており、
証拠物件の宝庫だったはずの家も跡形もなく吹っ飛んでしまったが
葉子の証言によってアタッシュケースの持ち主たちは次々に判明していった。
弁護団は「殺意を持ったのは爆弾を現場に放置した人間の方」と徹底的に争う構えを見せていた。


531 名前:5/5 投稿日:2006/06/07(水) 11:16:42
結局22日に1個の爆弾が、24日に7個の爆弾が爆発した。
事件から3日後の27日。既に家出人として補導されていた飯田マモルが逮捕された。
爆発で父も母も死んでいたが涙を見せる様子はなく、食欲もあるという。
29日にはクルーズ客船に爆弾を仕掛けた井上裕太が、
翌日にはサーカス会場に爆弾を放置した早坂チエミが逮捕された。
大晦日の午前中には百貨店に爆弾を仕掛けた吾妻英次が逮捕され、
年内に事件に関与した人物全てが明らかになったが、爆弾の出荷ルートは不明のまま。

翌年も、その翌年も、クリスマスはやってきた。しかし日本でそれが祝われる事はなくなった。
クリスマス商戦という言葉も死語になった。その日は多くの人々の命日となったのだから。
『隣人愛』という言葉がその日に消滅したと評する者もいた。
ただ一人のおかしな男が犯罪を行ったわけではなく、
ごく平凡な人々も加担した事への恐怖は事件後も続いた。
もはや誰も信じる事ができなくなった人々にとって、唯一の救いは朝香葉子だった。
葉子が事件に関わった事は大々的に報道され、容姿もあって様々なところからスカウトがきた。
しかし葉子はそれを断り、事件前と変わらない生活を送っていた。
それから何年もの日々が過ぎたがクリスマスがくるたびに人々は忌まわしい事件を思いだし、
そして同時に、見知らぬ人々のために歯を食いしばり走りつづけた人の事を思い出した。
<完>

一応犯人逮捕されて事件は解決して、主人公も死なずにすんだけど
なんか後味がひたすら悪かった。
作者が後書きで「知人に僕の作品は〝絶望的なハッピーエンド〟と言われました」
と書いてたけど正にそんな感じだった。
省いたけど、猿渡や田島や早坂はかなり前の方から
暗くて絶望的な心理描写が続いててそこら辺の描写も後味悪かった

 

自由殺人 (角川ホラー文庫)
自由殺人 (角川ホラー文庫)