白い壷(津村節子)
-
263 名前:本当にあった怖い名無し 投稿日:2007/11/24(土) 07:44:30
- 津村節子 「骨壷」 文庫『玩具』所収
洋子は幼い内に母を亡くし、仕事をしながら家事全般を担って父と二人三脚で生きてきた。
その父に再婚の話が持ち上がり、掌を返したように結婚を勧めてくるようになる。
父の世話のために婚期を逃した部分もあったために、
洋子は耐えきれない理不尽さに、憤りと寂しさを覚えていた。ある日、近所の世話焼きオバサンに
「あなたを気に入った人がいるのよ」
と見ず知らずの男を紹介される。昭和中期ということもあり、
未婚であることに引け目を感じていた洋子はさしたる意思表示もせぬまま、
あれよあれよと結婚することになった。男は貧乏性で、披露宴でも貪欲に食らい、新婚旅行の電車も普通席を取るような人間だった。
無口で面白みがなく、洋子はたった二、三度、顔を合わせただけの男と
旅行に出ている自分が不可解だった。
-
264 名前:本当にあった怖い名無し 投稿日:2007/11/24(土) 07:45:23
- 北国の寂れた温泉郷の駅で、目を離した隙に男は足を踏み外し、轢死してしまう。
あまりの非現実感にしばらく名乗り出ることができず、
駅舎で遺体と夜を明かしても、他人事のように思え、涙の一滴も流れてこない。翌朝、男の唯一の肉親であるという義母が駆けつけてくる。
泣き崩れる老婆に一時はもらい泣きし、ようやく地に足の着いた思いをするが、
「これからは私たち二人きり、手を取り合っていきましょう」
その一言に薄ら寒い気持ちになる。たった数日、籍を入れていただけの面識の薄い男の母親を、
これから一生面倒見ていくことになるのだろうか。温泉郷の焼き場に遺体を運び、いざ火葬にするという段階になって
洋子は声をあげる。
「どうしましたか?」
問われて、男のスーツの胸ポケットに二人分の帰りの切符があることを告げる。火葬が済むまで、寺で待っていると、老婆が切符を火鉢で燃やした。
洋子はそれが、悲しみの場で切符のことなどを思い出した自分への意思表示であることを見て、
突然に馬鹿馬鹿しい気持ちになり、寝そべって腐った気持ちで遺骨を待つ。
それを見て捨てられると怯えた老婆は骨壷を洋子に渡し
「これはあなたが持つべきものだ」
そう言って帰りの列車に乗った。洋子は視線を感じる。これまでも男の視線を意識したことはあったが、
今はそうではなく、
膝に骨壷を抱いた「不幸な未亡人」として注視されている。
自分はこのまま、可哀相な女となって老婆の世話をして生きていくのか。
老婆が離れた席で背を向けているのを幸いに、洋子は骨壷を金網に載せ、
鞄を抱えて名も知らぬ北国の駅で降りた。