ホーム » 小説 » 児童文学・絵本・昔話 » 放蕩息子のたとえ話(新約聖書ルカの福音書15章)

371 名前:本当にあった怖い名無し 投稿日:2008/06/28(土) 22:20:21
ルカによる福音 15章11節 放蕩息子の話

細かいところは違っているかもしれないけれど、ざっとこんな感じ。

富豪の次男はある日父親に、
「お父さんの死後、僕に分け与えられる予定の遺産を生前分与してよ」と申し出る。
財産の半分をもらった次男は、その金をもって放蕩の旅に出る。
次男の金目当てに群がる連中と一緒になって、湯水のように金を使い
贅沢三昧の生活をしていたが、やがて金も底をつき、仲間も離れていき、
飢えから豆を食い(豆は豚が食べるものとして忌み嫌われていた)、
遂に父親の元へ帰ってくる。

父親はその次男を喜んで迎え入れ、息子に自分の指輪を与え(指輪は家長の象徴)、
羊を何頭もつぶし、大祝宴会を開く。

それを見た長男は、父親にこう言う。
「私は今まで、お父さんのため、この家のため、身を粉にして働き尽くしてきました。
 しかし私のためには豚一頭もつぶしてはくれません。
 あなたの財産の半分を食いつぶしてきた弟だけを、なんで可愛がるのですか?」

で、聖書ではこの長男は心の狭い欠陥人格として扱われるんだけど、
この話ほどモヤモヤするものはない。


374 名前:本当にあった怖い名無し 投稿日:2008/06/28(土) 22:32:15
放蕩息子は確か
「道を踏み外しても、反省してまた戻ってきたら神はいつでも受け入れる」
っていう比喩なんだよね。
この言い方じゃ後味悪いだけだわな。

377 名前:本当にあった怖い名無し 投稿日:2008/06/28(土) 22:46:47
>>371
受け止め方が少し違ってる

兄は家で真面目に働いているけれど、不満でいっぱいでまるで奴隷のように自分を思っていた
だから、兄は弟が帰ってきて両親が喜んで迎え入れた時、妬みを感じた
逆に弟は放蕩の限りを尽くしたが、悔やみ反省し、家に戻ってきて
「自分は神にも父親にも罪を犯してしまった。もう息子名乗る資格はありません。
だから、使用人として雇ってください」と言った(←ここが大事)

要するにこの章は「悔い改めて神と和解する人を神は喜びをもって受け入れる」ということをあらわしている
ルカの福音は比喩が多いから、概略だけじゃ掴みにくいかもね


378 名前:本当にあった怖い名無し 投稿日:2008/06/28(土) 23:06:27
あれだな
過去に不良だった奴が更正すると
「あいつは偉い!」と、やたら評価するようなもんだ。

不良が遊んでいた間、まじめに勉強してきた奴のほうが
何倍も偉いのに、なぜか
「そんなの当たり前」で済まされたりする。


380 名前:本当にあった怖い名無し 投稿日:2008/06/28(土) 23:09:35
>>377
弟の放蕩は悔い改めたことでなかったことになって祝宴まで開くのに、
それまでの兄の献身には全く報いないのなら、やっぱり納得いかないような。
一度もぐれずに我慢していた人間より、ぐれつくして突き抜けただけの人間のが偉いって変だ。

西洋は我慢が美徳じゃない文化なのかもしれないが、
悔い改めたほうが素晴らしいのなら、兄にも同じように放蕩させて、
どん底を味わうという試練を与えるべきだと思う。
そこで更生しなかったから兄の心が狭いんじゃないか。


382 名前:本当にあった怖い名無し 投稿日:2008/06/28(土) 23:17:39
あくまでも「悔い改めて神と和解する人を神は喜びをもって受け入れる」ってことのたとえ話なんだから、
どっちが偉いとかそういうのは問題じゃないんだと思うんだが。
まあ聖書に理不尽な話が多いというのは確かにあると思う。

383 名前:本当にあった怖い名無し 投稿日:2008/06/28(土) 23:20:49
>>380
我慢が美徳って話が既に次元が違う

何故親元で毎日働くことを「我慢する」と思っているのか?
それは本来別のことしたいとか不満に思っていることがあるのに
それを必死で押さえ込んでいるから
逆に言えば心からの信仰心や親への愛情、働くことへの喜びを感じていないということ

判りやすく言うと、この章の「放蕩息子」というのは弟のことを指すだけではなく
実際には兄のこともさしている
(ちなみに放蕩息子を適切な言葉で表現するなら、「心からの信仰心を持っていない人」くらいかな?)

兄は兄で「精神的な放蕩息子」であり、弟は弟で「物理的な放蕩息子」であった
そして弟は悔い改めて親の元へ戻った
だから弟は歓迎された
兄はそれが理解できなかった
だから弟に不満を持った
簡単に言うとこういうこと


384 名前:本当にあった怖い名無し 投稿日:2008/06/28(土) 23:24:19
キリスト教じゃないから正直理解できんな
普通の日本人から見たら十分後味悪い話だよ

386 名前:本当にあった怖い名無し 投稿日:2008/06/28(土) 23:36:15
>>383
弟が遊んでいた間、兄は働いていたわけで、戻ってきた弟にその分を取り返すため働けと父が厳しく接していたら、
兄は不満を感じなかったけど、弟の放蕩はなかったことになって逆に自分により優しくしたから不満を感じた、
って話だと思ってた。兄の不満はなんか違うことに対する不満ってことなのね。

兄が精神的に放蕩息子だとすると、弟は物理的にも精神的にも放蕩息子って思うんだけど。
価値観が違いすぎて、原文読んでも理解できないかも……


387 名前:本当にあった怖い名無し 投稿日:2008/06/28(土) 23:37:43
キリスト教云々の話じゃなく、スタンスの問題だよ
兄は兄で「自分はこれまで父親に仕えてきたのに…」と父親に不満をぶつける
要するに兄は「させていただく」という奉仕の精神ではなく
義務的な気持ちで働いていた、ということ

たとえば、仏教で故人に対してAとB二人がお経を読むとする
内心不満を感じなが義務的に読むAのお経と
散々悪いことをしたけれど改心して故人に対する供養の気持ちで読むBのお経
どちらが故人にしてみればありがたいか、ってこと…かな

無理矢理仏教にたとえてみたw


388 名前:本当にあった怖い名無し 投稿日:2008/06/28(土) 23:38:45
禅問答みたいになってきましたね。

 

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