ホーム » 小説 » 小説/わ行 » ワイルド・スワン(ユン・チアン)

636 名前:1/2 :2009/09/27(日) 01:57:17
ユン・チアン『ワイルド・スワン』(土田京子=訳) より

一九六六年、十四歳の主人公(筆者、女)は中国共産党の紅衛兵となった。

ある夏の夜、接待所(事務所)にいる時、粗野な感じの中年女が二人やって来た。
二人は近くの居民委員会の主任と副主任をしていると名乗った。
そして、何か重大な秘密でも知っているかのような、いわくありげなものの言いかたをし出した。
それからすぐに、この二人が爆弾情報を持って来たと分かった。
なぜなら、接待所の空気が騒然となり、居あわせた人々が口々に
「トラック、トラックだ!行くぞ、みんな!」と叫びはじめたからだ。

何が何やらわからないうちに主人公もトラックの荷台に乗せられてしまった。
すし詰めのトラックで、さっきの中年女のひとりが主人公のとなりに座った。
その女はもう一度話をくりかえした。紅衛兵たちに取り入ろうとする話しぶりだった。
話によれば、近所に台湾に逃亡した国民党(蒋介石軍)将校の妻が住んでいて、
家に蒋介石の肖像画を隠し持っている、という。

主人公はとなりでしゃべっている居民委員会の主任だという女がどうしても好きになれなかった。
とくに、こちらの機嫌をとろうとするへつらい笑いがいやだった。
この女のおかげで、こんな夜に家さがしに行かされるはめになったと思うと猶更だった。
まもなく、トラックは目的の家の前に到着した。
その家は小さく、トラックに乗ってきた全員がはいれるような場所ではなかった。
主人公はトラックで待機していた。しばらく経って、誰かが大声で呼んだ。
場所を空けたから、外にいる者たちも中にはいってこい、と。


637 名前:1.8/2 :2009/09/27(日) 02:00:48
部屋のなかは、めちゃくちゃにひっくり返されていた。
国民党将校の妻だったという四十代とおぼしき女性が、上半身はだかで部屋のまん中にひざまずいてるのが目にはいった。
髪の毛はくしゃくしゃに乱れ、ところどころに血がこびりついて固まっていた姿はグロテスクだった。
「紅衛兵のみなさまがた、私は蒋介石の肖像画など持っておりません。誓って申します。持っておりません」と叩頭していた。
むき出しの背中は傷だらけで、血でよごれていた。びっくりして、いそいで目をそらした。

すると、こんどは女性を打ちすえている銭の姿が目にはいった。
銭は十七歳で、それまで、どちらかというと好感をもっていた。 
銭は椅子にだらんと腰かけ、手にした革ベルトのバックルをもてあそんでいた。
「本当のことをいえよ。でないと、また殴るぞ」。
銭は面倒くさそうな調子でいった。
それまで、銭の面倒くさそうな態度がなんとなく優しげに見えて、彼に魅かれていた。
だが、それは思いちがいだった。声がふるえるのを押さえつけて、やっとのことで言った。
「こういうやり方が、正しいのかどうか……」。

必死の思いで絞り出した言葉に共鳴する声が、いくつか上がった。
しかし、銭はこちらを一瞥して、断固言い放った。
「毛主席は『(略)』と言っておられる。自分達と敵とのあいだに、一線を画すのだ。
 血を見るのがこわいなら、紅衛兵になるな!」。
銭の顔は、狂暴にみにくく歪んでいた。私たちは、敵に対して同情は不要だと教えられてきた。
それにそむけば自分が敵にされてしまう。私は向きを変え、急いで家の裏手の庭に出た。
庭は、ショベルを手にした紅衛兵でいっぱいだった。家の中から、ふたたび女性をむち打つ音が聞えてきた。
むち打たれる女性のおそろしい絶叫を聞いていると、髪が逆立った。
苦悶の絶叫は、ほかの何人かにも耐えがたく聞えたのであろう。
数人の紅衛兵がぎくりとして土を掘る手を止め、
「何も埋まってないぞ。もう行こう!行こう!」と言いだした。
部屋を通るときに銭のほうを見たら、銭は哀れな女性を平然と見おろしていた。


638 名前:2/2 :2009/09/27(日) 02:02:16
家の外に出ると、さっき密告してきた中年女がこちらの顔色をうかがうような目をして待っていた。
何か言おうとして口をあけたが、ことばは出てこなかった。その顔を見た瞬間、ようやく解かった。
はじめから、蒋介石の肖像画などありはしなかったのだ。この女は、何かの腹いせにさっきの女性を密告したのだ。
紅衛兵を利用して、積年の恨みを晴らしたのに違いない。
トラックの荷台に乗りこみ、嫌悪感と憤怒で胸がむかむかしながら帰路についた。

639 名前:本当にあった怖い名無し :2009/09/27(日) 02:26:11
乙です
こういう私怨ゆえの通報の悪用は古今東西見られるんだろうね
昔の魔女狩りでもよくきくし、現代の北朝鮮でも密告は誉れ、みたいな
価値観があって頻繁に行われているときいたことある

 

ワイルド・スワン(上) (講談社文庫)
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ワイルド・スワン(中) (講談社文庫)
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ワイルド・スワン(下) (講談社文庫)
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