緋の堕胎(戸川昌子)
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891 名前:戸川昌子「緋の堕胎」1/4 投稿日:2008/06/03(火) 17:13:27
- 都内のある堕胎医院は、院長の中年男性と看護師役の男子学生バイト二名の計三人でやっていた。
妊娠6,7ヶ月までになっていても秘密裏に堕ろしてくれるのでそれなりに流行っていた。
院長は吝嗇で、本来は専門業者にださないといけない死んだ胎児や手術時の汚物などほとんどを、
バイト学生たちに表の庭に穴を掘らせて埋めていた。ある日、7ヶ月になる若い女が堕胎しにやってきた。水商売で、同僚に評判を聞いたのだという。
7ヶ月になっていたらまずは人工的に陣痛を起こさせて堕ろすので、
院長はその注射をし医院の2階の汚い和室に寝かせておくよう学生バイトの健次郎に言いつけた。健次郎ももう一方のバイト学生福原も、特に医療関係ではないただの学生だった。
健次郎の田舎の父親が院長と昔からの知り合いとかで、頼み込んでバイトさせてもらっているのだ。
健次郎は福原に対抗しなければという気持ちで、
院長の指示に従い黙って庭に穴を掘り胎児や汚物を埋めたり、
時にはまだ息のある未熟なカエルのような胎児の首を絞めて殺したりしていた。健次郎はまだ女を知らなかった。和室の、前の患者からシーツを変えていない布団に、
寝間着だけは洗ったものを出して患者の女を寝かせた。
無遠慮に女の体を扱いながら「この女も薄汚れた男女の関係に溺れていたんだ」と憎悪と嫉妬を覚えたが、
女の汗の匂いと苦しそうな「すみません…」という言葉でふと同情心がうまれた。
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892 名前:戸川昌子「緋の堕胎」2/4 投稿日:2008/06/03(火) 17:14:17
- 院長には妻の常子がいたが、数年前から別居していた。
もともと医院の土地は常子のものだったので、常子は隣りの離れに住み、院長は渋々毎月家賃を払っていた。
常子は新興宗教にはまっており
「胎児を庭に産めないでください、胎児の霊がさまよっています」と言いながら
しばしば医院をうろついていた。院長は二駅先に愛人を囲っていた。
元患者で、2度目の堕胎の後に「先生のお世話をしたい」と言い出してそういう仲になったのだった。
週に1度は愛人の愛子のところでビールを飲み枝豆を食べた。その日も7ヶ月の女の処置をしてから愛子のもとで寛いでいたら、夜中に健次郎から呼び出し電話がかかった。
聞けばその女が大変な苦しみようだから医院に戻ってくれと言う。院長は自分の腕には自信があったので
「そんなことでいちいち呼び出すな!もう電話しなくていい!」と叱っておいた。健次郎は電話を切られてから、再度苦しんでいる女を見に行った。
暗いなかで女の名前を呼びかけると、女は苦しみながら男の名前をつぶやきだした。
健次郎が背中をさすってやると多少楽なのか、そのまま蒸し暑いなか30分ほど経ったところで、
女がまた男の名前と抱いてほしいようなうわごとを言った。
健次郎はぼんやりとした頭で自分に言ったのだと勝手に解釈した。
健次郎は後ろから女を抱き、そして、欲望のまま動いた。女は叫び声をあげ抵抗したがそのうち大人しくなった。
終わり、現実感が戻ってきた健次郎が下にカルピスを作りにいき、二階に戻ろうとしたとき、
物をぶつけるような大きな物音がし悲鳴が聞こえた。誰もいない二階の窓から下を見下ろすと、
たまたま庭に出していた敷石にぶつけたのであろう女が頭を割って死んでいた。健次郎は夜のうちに女を裏庭の敷石の下に埋めた。朝戻ってきた院長には
「夜中に急に家に帰りたいと言い勝手に帰ってしまった」と言っておいたが特に追求もされなかった。
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894 名前:戸川昌子「緋の堕胎」3/4 投稿日:2008/06/03(火) 17:15:14
- 常子は前々から院長の吝嗇を嫌っていた。そして堕胎で院長の金が増えることを憎んだ。
その日も院長にイヤミを言おうと医院の窓辺をうろついていたら院長に怒鳴られ、
そして庭で掃除をしていたバイトの健次郎経由で院長の離婚の医師を告げられた。
今までは一応妻であったから庭の胎児のことなど黙っていたのだ、
離婚してあの愛人と一緒になる気ならもう滅茶苦茶にしてやると常子は思った。常子は新聞社に話を持ち込み、院長が胎児を庭に埋めていることを新聞沙汰にした。
「奥さんの嫌がらせですよ」と愛子からその新聞を渡された院長はカッとし、名誉毀損で訴えてやると裁判を起こした。裁判が始まった。院長は知らぬ存ぜぬで通した。健次郎も証人として証言台に立った。
裁判前に健次郎は愛子に呼ばれ「院長に世話になっているんでしょう」と
裁判で余計なことをしゃべらないよう体を投げ出され説得されていた。
健次郎は証言台で意外なほどすらすらと嘘をつけたが、急にあの晩の飛び降りた女の話がでて、狼狽した。
裁判はとりあえず無難に終わったが、健次郎は再びあの女にとらわれ始め、
水商売の妊婦があれされたくらいで自殺するだろうか、自分に自殺の責任があるだろうか、
もしかして埋めたときはまだ死んでなかったのでは、いや頭があんなに割れたら生きているはずがない、
などと悩むようになった。実地検証で裁判所一行が医院にやってきた。
院長は裁判を起こした時から「人んちの庭を勝手にいじれるか」と高をくくっていたが、
医院の外周を検証したら次に庭を掘ると知って怒りだし、無駄だと知ると院内にこもってウイスキーを飲みだした。
愛子は「他人の庭を勝手に掘り起こすなんて、これが裁判所のすることですか!」と弁護士に無駄な電話をしだした。
健次郎は「なにごとにも終わりがくるのだ」など思いその様子をぼんやりと眺めていた。
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895 名前:戸川昌子「緋の堕胎」4/4 投稿日:2008/06/03(火) 17:15:38
- 表の庭で常子が嬉々としてここに胎児を埋めただのなんだの言い、しばらくして「あったぞ!」と声がした。
最初はちっぽけな骨しか出なかったが次第に胎児の人骨とわかるものが出てきた。
確認のため骨が院長のものとに持ち込まれた。
院長はなんとなく骨は溶けているような気がしていたが溶けなかったのだと思った。
骨を見ているうちに無意識に指先ですりつぶしていたらしく裁判所員に注意され院長は叫んだ。
「こんな胎児をいちいち役所に届けろというのか、だれが親として届けたがるんだ!
この肉のかたまりだったのはみな女どもがだらしなく孕み棄ててったものだ、それを埋めて何が悪いんだ!」表をあらかた掘った一行は裏庭にまわった。健次郎が表の庭石に腰を落とし呆然としているうち、
常子の「この敷石の下です」との指示ですぐあの女の骨が見つかった。大人の人骨が出たので場はどよめいた。院長も確認に来させられ見て驚いた。
常子は「この人が手術を失敗しお腹の胎児を腐らせたので埋めたのです」と騒ぎ、
院長はぼんやりとむかし実際に失敗した手術を思い出しながら「おれじゃない」と一言いうと戻ろうとした。
常子がその後を追いギャアギャアと院長を罵った。
院長は辺りを見回し、立て掛けてあったつるはしを常子の脳天に振り下ろした。健次郎は結局、罪に問われなかった。院長がなぜかすべてを沈黙でひっかぶったのだ。
健次郎はいなくなった院長の代わりに愛子のもとへ通うようになり、ビールと枝豆を食べるようになった。愛子のもとで健次郎は何度も同じ疑問を考える。常子はなぜ自信を持って敷石の下を掘るように言ったのだろう。
あそこに女死体を埋めたことは自分しか知らないはずだった。常子はあの夜こっそりと見ていたのか。
ならなぜ止めなかったのか。
二階から落ちたくらいで人はあんなに頭が割れて死ぬだろうか。落ちた女の頭を常子が割ったのではないか。
その答えは考えても解らなかったし、そもそもあの女があの医院に来たことも偶然なら
その夜に敷石を庭に並べていたことも偶然で、俺はその偶然の運命の歯車に使われただけなのだ。俺に責任は無い。そう考えると楽になり、健次郎は愛子の膝のあいだに顔を埋めた。何も考えたくない時はそうするのに限るのだった。
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896 名前:本当にあった怖い名無し 投稿日:2008/06/03(火) 17:46:38
- あれ?後味悪いはずなのにスッキリした気分だな
常子があの女を殺して医師が常子の言動からそれを悟ったってこと?
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897 名前:本当にあった怖い名無し 投稿日:2008/06/03(火) 18:00:29
- それが本当に解らない。
落ちたときにストレートに敷石に頭をぶつけたとすれば健次郎がやっぱり間接的に殺したことにもなる。>常子があの女を殺して医師が常子の言動からそれを悟ったってこと?
院長は大人の人骨が出てきた時はもう酒も入ってて
更に自分では一流だと思っていた堕胎手術の失敗を思い起こされて頭がぼんやりして
でそのまま常子の声に血がのぼって殺しちゃったから
(そのときに院長の目の前に庭の胎児たちが燃え上がる緋色が見える)
女の死体についてはよく理解していないと思う。
全てに沈黙してる理由もよくわからないけど自分は院長は全てがだるくなったんだと思う。
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898 名前:本当にあった怖い名無し 投稿日:2008/06/03(火) 18:52:23
- 登場人物がカスばかりだな
しかし健次郎がちゃんと不幸になってないのが胸糞
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899 名前:本当にあった怖い名無し 投稿日:2008/06/03(火) 19:10:26
- 女が落ちた音がしてから悲鳴が聞こえたって時点で何があったか丸わかりだろう。
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901 名前:本当にあった怖い名無し 投稿日:2008/06/03(火) 19:12:33
- 堕胎した赤ちゃんの後始末に良心の呵責を覚えないのに加え
堕胎手術の後(心身ともに悲惨な状況の彼女なのに)
うわごとを理由にレイプする主人公。
さらに、小説の最後で、ずうずうしくも自分は悪くないって!
後味の悪さが際立ちますね。
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902 名前:本当にあった怖い名無し 投稿日:2008/06/03(火) 19:31:02
- >901
ああ、ごめん長くなったので削ったけど、生きていた胎児の処理については
前々から「殺人と同じなのではないか」と思って一度おそるおそる院長に聞いてみたけど
「どうせほっといても死ぬんだ」と言われて安楽死のようなものだと自分を納得させていた。とにかくどんよりとした嫌な感じの話だった。
戸川昌子が31歳のときに書いた話ってのもなんか鬱屈とした感じがした。