ホーム » 小説 » 小説/さ行 » 白い部屋で月の歌を(朱川湊人)

847 名前:1/3 :2009/11/01(日) 01:10:44
「白い部屋で月の歌を」という小説

主人公のジュンは小高い山の中の屋敷で、「先生」と「リョウ」という二人の人物と暮らしている。
その二人は姉弟で、ジュンもあわせて三人で霊の払い屋をしている。
リョウには霊能力はなく、会計担当。能力者である先生は、霊を「はがす」作業を行う。
仕事で扱う霊は大抵は、強い未練によって一つの場所に縛られている。
縛られた霊が悪さをしないよう、先生はその霊をはがして、別のものに封じることを仕事としている。
しかし、はがした霊をすぐに他の物に封じるのは難しい。
そこで必要となるのがジュンだった。
ジュンは一時的に霊を包括する「よりしろ」になれる特殊体質の持ち主。
ジュンは心の中にある「白い部屋」の中に、仕事のたびに霊を受け入れていた。

ジュンは特殊な体質と引き換えなのか、手足がまともに動かず、
いつも先生たちに抱きかかえられて行動していた。
知力もあまりなかった。文字を読むこともできず、
リョウに買ってもらった動物の図鑑を眺めるのだけが楽しみだった。
過去の記憶もひどく断片的で、まともな時系列にさえなっていなかった。
たまに、昔の自分は元気に走り回っていたこと、美しい母とオカッパ頭の妹がいたということを薄ら思い出す。

ジュンは耳が大変良かった。月の啼くような歌声を聴くとリラックスした。
その声は先生たちにはわからないという。
山の麓にある幼稚園の子供たちが、遠足で近くにやって来た時は、
先生たちにはただのざわめきにしか聞こえなくても、子供たちがなにを話しているのかもわかった。

白い部屋にやってくる霊たちは、大抵の場合は醜い姿をし、
妄執に囚われて意思の疎通もまともにできなかった。
彼らからは、生前体験した様々な出来事や、死の瞬間の凄惨な光景が一方的に主人公に流れてくる。
しかし、しばらくすると先生が霊を掴みだし、別のモノに封じるので我慢していれば大丈夫だった。
霊を封じたモノは、リョウが馴染みの寺に納めに行く。
しばらくの間ジュンは、心に焼きついた霊たちの記憶のかけらに苦しめられるが、
先生はそれを慰めるようにいつもジュンの体を愛してくれた。


848 名前:2/3 :2009/11/01(日) 01:11:53
ジュンたちのもとに新たにやってきた依頼は、いつもとは違う物だった。
それは、事故のショックで体から魂が抜けだしてしまった女性の魂を、体に戻すというものだった。
いつものように乱暴にやるわけにはいかず、魂を傷つけないように行わないといけない
デリケートな作業だったが、無事に作業は終わった。
女性は無事に体に帰り、健康になり普通の日々に戻っていった。

しかし、ジュンは彼女の事が忘れられなかった。今まで受け入れてきた霊たちとは違い、
生霊である彼女の心は病んでおらず清らかで、白い部屋の中にいた美しい彼女の姿が忘れられなかった。
ジュンは心に残る彼女の姿と比べ、自分の体を恥じた。
まともな人間になりたいと、手足を動かす練習をするようになった。
先生はそのことを咎めた。普通の体ではないのだから、そんなことをするなときつく言ってきた。

能力と引き換えに不具者になったのだから、健常になろうとすれば能力を失うのではないか、
先生は自分の能力だけが目当てなのか、そもそもどうして自分は母と妹と離れているのか、
自分は先生に誘拐されてこんなところにいるのではないか……ジュンはそう考え、先生に不信感を抱き始めた。
先生との情交にも嫌悪感を抱くようになった。以前のように先生を尊いものだとは思えなくなった。
まともな人間になって、あの憧れの女性に会いたい、彼女にも月の歌を聞かせてあげたいと夢見ながら、
主人公は毎日歩く練習をし、20歩ぐらいはなんとか歩けるようになっていった。

主人公の能力は弱まり、仕事である日致命的な失敗をしてしまった。
苛立った先生はジュンを叱り、そしてリョウにも突っかかった。
実はリョウは先生が稼いだお金をくすねていたのだった。
その翌日、口論を根に持ったリョウは先生を殺害した。
リョウは狂ったように先生の体を無駄に切り刻んだ。
ジュンには、リョウの背後に無数の悪霊たちの姿が見えた。
それは、先生がかつて封じたはずのものたちだった。
リョウはより多くのお金を得るため、霊を封じたモノを寺に預けるためのお金もケチっており、
今まで隠し持っていたモノたちを、先生との口論の後に腹いせに焼いてしまっていたのだった。
霊能力のないリョウは霊の本当の恐ろしさがわからずそんなことをしたが、もう霊に心を乗っ取られていた。


849 名前:3/3 :2009/11/01(日) 01:13:06
なにもかも壊しつくしたいという欲望にとりつかれたリョウは、ジュンの頭を切りつけ縦に真っ二つにした。
しかし、ジュンの意識は消えなかった。ジュンは死ななかった。
そもそも、ジュンは生きていなかったのだった。
実はジュンは人形だった。性器すらもつくられた精巧なものだったが、人間には到底見えないようなものだった。
しかしジュンはそんなことなど知らず、自分を人間だと信じ込んでいたため、リョウにその事を語られ、ただ驚いた。

ジュンのかつての持ち主だった一家は、事件に巻き込まれて惨殺された。
妊婦だった夫人は子だけでも生きてほしいと願い、その結果、胎内の子供は体は失ったが、
魂だけは残り、人形の中に宿った。それがジュンだった。
ジュンの中にある母や妹の姿、元気に走っていた記憶、それは全て、霊を取り込んだ際に見た光景の中で、
自分に都合のいい物だけを無意識に選び、自分の記憶だと思い込んでいただけだった。
ジュンには過去もなにもなく、ただ先生の道具として使われていただけだった。
先生がジュンを抱いたのは、性欲の解消のためもあったが、
ジュンを便利な道具として扱うために、エネルギーを注入するためだった。
歩く練習をするのを嫌がったのは、仕事以外で無駄にエネルギーを消費させないためだった。

リョウに切り刻まれ、ジュンのエネルギーはどんどん失われていき、
断片的な記憶すらも少しずつ消えていく。
憧れの女性の笑顔を忘れてしまうのを恐れ、
そうなる前に早く消えてしまいたいとジュンは願う。

破壊衝動のおさまらないリョウは、もっと人を殺したいという。
そして、ジュンに賭けを持ちかける。
明日の朝になって麓の幼稚園に園児たちが集まったら、そこに乱入して園児たちを殺すとリョウは言う。
しかし、その時までにジュンが幼稚園まで歩いていけたら、やめてやると言う。
ジュンの歩く成果を今こそ発揮するチャンスだとリョウは笑いかける。

ジュンは月の歌声を聴きながら、一歩一歩山を降りて行った。
車で20分ほどかかる麓にこの足取りでたどり着くのは無理なように思えたが、それでも歩き続けた。
もう憧れの女性の笑顔も思い出せないが、それでも彼女を恋しいと思う気持ちと、
彼女にも月の歌声を聴かせてあげたいという思いだけは何故か消えなかった。


852 名前:本当にあった怖い名無し :2009/11/01(日) 15:03:32
>>847乙です。
なんか、ただただジュンが可哀想…

868 名前:本当にあった怖い名無し :2009/11/02(月) 02:22:01
>>847
昔読んだときの記憶が呼び戻された
いいまとめでした。乙。確かに後味悪い…。
歩きます、ってとこで話が終わっちゃうのも、
彼の意識の続く限り歩いて壊れちゃったんだろうかって当時悲しい気持ちになった。

 

白い部屋で月の歌を (角川ホラー文庫)
白い部屋で月の歌を
(角川ホラー文庫)


後味悪い
(後味悪ければクリック)
読み込み中 ... 読み込み中 ...