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三島由紀夫「山羊の首」

昭和19年の夏の日、砲台の警備兵辰三は野外で百姓娘を抱いていた。
(戦争末期の兵隊は、ちょっと粋に見える程ぐれていたのだ)
突然声も立てずにしがみついて震えた娘に促されて振り向くと、
土から生えたように置かれた山羊の生首が、辰三の行為をじっと見ていた。
工廠に徴用された少年工が、空腹に耐えかねて兵舎の山羊を盗んで平らげたと、
焚き火跡や無惨な骨から知れた。

昭和20年、辰三は女蕩しのダンス教師に戻った。
次から次へと女を口説き、あまつさえ朝早く女がまだ寝ているうちに
そそくさと部屋を去る事で有名だった。
その理由は、首尾よく女を手に入れた翌朝のまだ早いうち、
寝ぼけ眼の辰三の前に山羊の首が現れるせいだった。
軽蔑や怒り、嘲笑ならまだ耐えられる。
しかし山羊の澄んだ瞳に何の意味もない見つめ方をされると、
辰三は自分と女がゴボウの切れ端よりも下らない存在に思えてきて、
次の逢引を約束する気が失せるのだった。

辰三はダンス教室の生徒の香村夫人を口説くのを十日もためらっていた。
一目見た時から、この女を仕止められなかったら
もう一度戦争でも何でも起こるがいい!と思い詰めていたのに。


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美しい香村夫人の私生活は謎だった。
30がらみの年格好なので夫人と呼ばれているが、
すれっからしのダンス教師どもが亭主の有無を見抜けずにいた。

辰三は香村夫人を仕止めた翌朝に山羊の首が現れる事を恐れた。
同時に、この人だけは山羊の首を見ずに愛してみせると根拠のない誓いを誓った。

忘れ物の黒レエスの手袋を返すから、とレッスン後の香村夫人を
喫茶店へ誘った辰三は、熱海滞在に備えて全財産を携帯した。
熱海のホテルで辰三は、山羊の首の事を打ち明けた。
「君が好きだ。こんなに人を好きになった事はない。
君と寝て山羊の首を見たら、僕はもう生きてゆけない」
「莫迦をおっしゃい、夢は人に話してしまったら、もう見る事はないのです。
あなたは山羊の首なんか、決してご覧になりません」

予言は当たった。
翌朝辰三は、昼近くに起きて女の不在を知った。
ボーイは、香村夫人は朝早く散歩に出たと言った。
昼餐のため上着を着ようとした辰三は、
内ポケットから全財産が消えている事に気づいた。
辰三は部屋でぼんやりと女を待った。
寝台の女が寝ていたあたりに、白粉の匂いに混じってかすかに山羊の匂いがした。終。

 

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