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208なまづま1/4:2013/03/03(日) 05:04:19.42
「なまづま」 堀井拓馬

主人公は愛する妻に病で先立たれた研究者。
死んだ妻は、異常なまでに保守的で変化を好まない男とは対照的に
好奇心旺盛で、活発で、ユーモラスで魅力溢れる女性であり、
男は愛する妻を通して新たな世界を知る。

妻は子供を望んだが、医療の力に頼ってもその望みは叶うことはなく
その隙間を埋めるように妻は小動物を愛でた。
その目は慈愛と悲しみに満ちていた。

子供を諦めて以来、妻に翳りが見られるようになる。
女性としての機能を果たせなかったことで
「大衆(≒夫)の望む理想の女性像」から逸脱することを恐れた妻は
些細なことで過剰な自己嫌悪に陥りひどく取り乱すことがあった。

男は妻の不妊を責めることはなく、慰め、励ましたが
その言葉も妻には偽りとしてしか届かず男につらく当たった。
それは男の愛した自由で朗らかな妻の姿ではなかったけれど、
それでも男は最期まで妻を愛していた。

妻を亡くして以来、男は生きる理由を失ったが
「私が死んでからも、あなたは生きて」という妻の言いつけを守り
毎日同じスケジュールをなぞるように無味乾燥な毎日を過ごしていた。
男の勤める会社では日本中に蔓延る「ヌメリヒトモドキ」(以下ヌメリ)の研究に日々勤しんでいる。
男は流されるように生きてきた結果、入社出来た会社がたまたまヌメリの研究企業であった。

ヌメリは青白い皮膚に激臭のする粘液を全身にまとい、
子供の作る粘土細工のように不格好な人型をした生き物。
東京ドームよりも大きく、胎児のような姿をしたヌメリの「女王」から生み出され、
時が満ちると女王に「融合」する。
女王の鎮座する街は粘液に侵されたヌメリの巣となっている。

ヌメリは基本的に意思を持たず粘液を垂れ流しながら徘徊し、
人に危害を与えることはないが、生き物の死骸や人の体液、髪の毛etcにのみ
異常な執着を見せ、ゴミを漁り、それらを食む姿が見られる。

その不気味な見た目と激臭から人々に忌み嫌われているのだが、
不死身のヌメリを駆逐する手立てはなかった。
中には不死身のヌメリを残虐な手段で虐待することにより、性的欲求を満たす変態も存在し
男にとってそういった輩は「最も嫌悪する部類の人間」だった。


209なまづま2/4:2013/03/03(日) 05:07:18.20
男の研究チームではある事件をきっかけに、
泥人形のような無様な肢体のヌメリが人間そのものの容姿と知性を持つ方法を知る。
決まった人間の髪や体液を餌として与え続けられたヌメリが「融合への欲求」を催し、
女王への融合を果たすと、その持ち主の容姿に似た個体として帰ってくる。
それは融合を繰り返す度に精度が上がり、最終的に姿かたちだけでなく
餌本人の記憶と知性を持ったコピーへと変貌を遂げるのだ。
これは秘密裏に研究され、決して漏えいしてはならない機密事項だった。

それを知った男は、自宅のバスルームにヌメリをおびき寄せて監禁し、
妻の遺髪を与え、妻との思い出を毎日語りかけた。
激臭のする粘液にまみれた姿であっても、
愛する妻がこの世に蘇生するならばと男はヌメリの世話に心血を注ぎこむ。

男の飼育するヌメリ(以下、妻モドキ)は数か月置きに融合欲求を催し、
以前は観光客で賑わった海岸に鎮座する女王へと融合した。
十数時間の融合を繰り返す度、女王から再び生まれる妻モドキは
妻の面影を徐々に色濃くし、少しづつ知性を宿していく。
融合から戻った妻モドキが拙い言葉で
「ああた、たあいあ(あなた、ただいま)」と微笑んだ時には
腐臭のする粘液が胃に流れ込むのも厭わずに熱く抱擁をし、口づけをした。

男は研究員としての日常を送りながらも、
自室では粘液にまみれ妻モドキとの蜜月を過ごした。
以前は妻との思い出の残る自宅に、新しいものを持ちこむことを嫌い、
妻モドキの粘液も丹念に清掃したが
妻の面影を湛えた顔で愛嬌を振りまく妻モドキから分泌されるそれを
汚らわしいと思うことも無くなっていった。

妻モドキの進化はまだ不完全で記憶は持たず、
見るもの全てが新しい幼児のようにペットのハムスターや
好きだった景色の写真を嬉しそうに眺めた。
男へ新しい世界を教えてくれた妻に、今度は教える番だ。

ある日、男は生前妻と何度も訪れた海岸へ、妻モドキを連れて行った。
波の音だけが響く、誰もいない深夜の海岸。妻との思い出を模倣して男は感極まるが
妻モドキの表情は男の期待したものではなかった。
妻モドキは黒い海を前にいつもの無垢で愛らしい幼児のような表情を失い、
怯えと悲哀に満ちた女の顔をしていた。
それは生前、最後に海を訪れた時の妻の顔。


210 なまづま3/4:2013/03/03(日) 05:08:00.50
男は妻モドキの進化の最終地点を思い描き、
妻モドキを飼育するうちに自分が本来の妻ではなく
ヌメリヒトモドキの妻を愛してしまっていることに気付く。
男が求めているのは、自ら描いた理想の姿に追い詰められ、
怯え苦しむ本来の妻ではなく、目の前の純真無垢で、
愚直に男を信じ、愛する妻モドキだった。

妻モドキが次の融合を果たせば本来の妻の姿と記憶を持った個体へと進化してしまう。
これ以上、融合を許すわけにはいかないが、
融合欲求を禁じられることはヌメリにとって唯一の苦痛であり
想像を絶する餓えと渇きをもたらすことが研究で分かっている。
それを知る男の良心は痛んだが、重厚な扉に改造したバスルームに妻モドキを閉じ込めた。

しかしそれは妻モドキへの苦痛を与えると同時に妻モドキとの触れ合い、
愛しい日々を断絶する行為でもあり男をも苦しめた。男はバスルームの扉を隔てた脱衣所で
妻モドキの悲鳴や鳴き声や、自制心を失い暴れまわる音を聞きながら粘液を飲み下し、
妻モドキへの愛を実感しながら数日をそこで過ごしたが、心身ともに限界が訪れる。

このまま扉越しに一生を終える訳にはいかない、
死を覚悟してでも彼女のむせ返るような臭気を吸い込みたい、
神経をすり減らし、判断力を失った男は幾重にもかけられたバスルームの扉の鍵を外した。
男は勢い良く開け放たれた扉に打ちつけられ、その場で意識を失った。

男が目を覚ました時、家に妻モドキの姿はなかった。
激しい欲求に突き動かされ女王の元へと向かったに違いない。
男は海岸の女王の元へと急いだが、彼女は融合を果たしてしまった後だと悟り、
その場に崩れ落ちた。

「あなた、ただいま」
男の背後から妻の声がする。生前の妻と一寸も違わぬ姿と記憶と知性、
そしてヌメリヒトモドキとして過ごした日々の記憶を合わせ持つ妻モドキ。
男の愛した妻モドキはもういない。男は愛する人を二度失った。

妻モドキは涙を流す男を抱きしめようとするが、男はそれを拒絶し、
私のヒトモドキを返せと叫んだ。驚く妻モドキに男はもう生前のままの妻を必要としていないこと、
愚鈍なヒトモドキの妻を愛していること、そして妻を決定的に傷つけ、侮辱する言葉を吐いた。
その言葉に妻モドキは男を押し倒し、人間離れした力で男を抑えつけ、殺した。


211 なまづま4/4:2013/03/03(日) 05:12:36.57
男は死んだ。そしてまた同じ海岸で目を覚ました。
目の前には男を殺した妻モドキがおり、生前の妻がしていたように
バースデーソングを歌っている。男の青白い身体は粘液に覆われていた。
「おかえりなさい、あなた。ヒトモドキって本当に生きていなければ
 髪や爪以外にも何でも食べちゃうんだね」
妻モドキがいやらしく笑う。

男に残るヒトモドキの記憶には、妻モドキによって捕獲され、
解体された自分の死体を食べ、教育される様が克明に刻まれているのだった。
その日々の記憶で分かったことは、妻もまた男が
「最も嫌悪する部類の人間」であったということだ。

おわり

色々端折ったけど長くてすみません。
男の崇拝とも言える病的な妻(本物)への愛が散々書かれている分、
蘇った妻への失望感が重い。


212 本当にあった怖い名無し:2013/03/03(日) 12:21:31.71
>>208
すんごく面白い!全貌知っても読みたくなる本は初めてかも
買うよ~ありがとう

 

なまづま (角川ホラー文庫)
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