ホーム » 小説 » 小説/あ行 » おもいで・ララバイ(皆川博子)

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皆川博子の80年代後半の短編「おもいで・ララバイ」

主人公夫妻は、新婚旅行で高原のペンションを訪れた。
「わざわざ外国なんかに行かなくても、日本人なんだから日本の良さを楽しまなくてはな!」
主人公は夫を愛してはいない。
それどころか、夫が死ぬ日を夢見て高額の保険を掛けている。
(海外旅行には一人で行くわ…そのうちね)

洋菓子のようなメルヘンペンションに見覚えはないが、あたりの景色は見覚えがある。
ペンションの主人である少し年上の男の腕には、主人公の腕と同じ傷跡がある。
その傷跡を見た主人公は全てを思い出した。
(ここは昔、暗い農家だった。ヤギがいた。裏庭に井戸があって、スイカを冷やしていた)

主人公は四歳で誘拐された。
一人娘を溺愛していた両親は警察にも知らせず、
経営していた町工場を抵当に入れて身代金を作った。
身代金が指定の場所に置かれた後で、主人公は東京駅で保護された。
両親はやっと通報したが、主人公は「知らない/覚えてない」しか言わなかった。


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主人公は本当に何も覚えていなかったが、家族は後に口々に責めた。
「あんたのせいで落ちぶれたのよ」
「母さんが言う事は気にするな、お前のせいじゃないんだから」
「姉さんがあんなことに巻き込まれたせいで大学に行けない」
(だったらバイトしなさい、私は高卒で働いてるのよ)

独りが一番、と思ったが高卒OLの給料は安い。
そんな時、海外赴任を終えて東京本社に戻ってきたエリートに口説かれた。
尊大で単純な男だが、かえって都合がいいのでおとなしく結婚した。

…夫とは別々に散歩して裏庭に出ると、ペンションの主人がいた。
「井戸に気をつけてください、普段は蓋をして重石もしておくんですが、スイカを冷やしてますから」
主人公はペンションの主人の腕に自分の腕をぴたりと付けた。
傷跡が一直線に繋がった。

(子供の頃の私は本当に可愛らしかった)
“大きくなったら僕のお嫁さんになってくれる?”
“これが目印だよ”
田舎の男児の日に焼けた腕と都会の幼女のマシュマロのような腕を繋ぐ、一筋の傷。
人質に怪我をさせた男児(ペンションの主人)は叱られ、男児の両親と祖母が傷を洗ってくれた。


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(時効を迎えたとはいえ、この男の父親は恐ろしい誘拐犯なのだ)
(この傷がなによりの証拠。この男は私の脅迫…いいえ、要求に屈しなければならない)
(3~4年我慢するはずが、意外と早く片がつくわね)

…主人公が主人の妻や娘と談笑している隙に、主人が理由をつけて夫を裏庭に誘い出す。
…夫を井戸に突き落としたペンション主人が、
「手帳を落とされて、取ろうとした拍子にバランスを崩して…」などと証言する。
という都合のいい夢想にふけっていた主人公だが。

父親が誘拐犯、という汚点を闇に葬るには、主人公の脅迫に屈する必要はないのだ。
ペンション主人の手が主人公の背中を押した。
主人公は深い井戸の水面を覗きこみ、悲鳴を上げた。

被害者が加害者を脅迫して返り討ちにあいました、という後味の悪いお話。

 

たまご猫 (ハヤカワ文庫JA)
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