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小池真理子「刺繍の家」92年発表

菜緒子は40歳の、不倫にかまけて婚期を逃した女。
ある日、小中の親友だったえり子と再会した。
流行遅れの服を着て化粧っ気のない色白の顔は年齢不詳。
乙女刈り(昔流行したショートカット)の頭には、白髪の束がごっそり。

昔の菜緒子は鍵っ子で、面倒見のいいえり子の母が色々と面倒をみてくれた。
病弱な母が入退院を繰り返し、幼い妹は祖母に預けられ、
忙しい父の帰宅は夜七時を過ぎる菜緒子はえり子の家に入り浸っていた。
たった二間の団地の部屋はえり子母得意の刺繍で飾られ、暖かい雰囲気が満ちていた。
えり子の父は家庭的な人だった。
えり子の家庭は理想的だったが、姉の信子だけは好きになれなかった。

当時は健康優良児という言葉があり、痩せた子供は心身共に不健康だと決めつけられたものだった。
信子は虚弱で、がりがりに痩せた暗い少女だった。
えり子は色白でふくよかな、母によく似た活発な子供だった。

えり子は姉を、
暗くてお化けみたいで大嫌い。お母さんもお父さんもお姉ちゃんなんかいらないって思ってるはず。
と、吐き捨てるように言った。
悪口などめったに言わないえり子の言葉は衝撃的だった。


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中三の時、えり子父は失業し、一家はえり子母の出身地に引っ越した。
母の実家が経営するという大きなパチンコ屋を手伝うことになったそうだ。
高校時代には文通していたが、えり子の手紙を
下手な散文詩のようだと思った菜緒子は返事を出さなくなった。

…再会を喜び色々と話し合ったが、えり子は相変わらず素敵な家族の自慢話をするだけ。
中三で母の実家に引っ越してから父がパチンコチェーンを任されて大繁盛、
でも一生続けるような仕事じゃないから早期リタイアして横浜に家を買った、
母がデパートで刺繍のグループ展を開いた、云々。
(四十女が両親をお父さんお母さん呼びかよ)
と思わなくもないが、誰に迷惑をかけているわけじゃなし、こういう女がいてもいいと思った。

えり子は短大を卒業してから家業のパチンコ屋を手伝っていたが、今は無職らしい。
婚期を逃した事に触れないように、わざと親の事ばかり話すのかもしれない。
姉については言葉を濁した。
相変わらず仲が悪いのだろう。

…働きもせず、結婚もせず、四十になっても両親に可愛がられるばっかりで
社会に何も貢献しない女がいたっていいじゃないか。と菜緒子は思った。


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えり子の家に招待され、土曜日に菜緒子は横浜に向かった。
駅に迎えに来たえり子は、相変わらず化粧っ気のない顔で無邪気なそぶり。
家までは聞いていたより遠かったが、バスやタクシーを使うつもりはないらしい。
お屋敷町を過ぎ、マンション地区を過ぎ、建て売り地区の外れがえり子の家だった。

中は刺繍で飾られ、懐かしい団地と同じ暖かい雰囲気が満ちていた。
体調を崩した母を父が東京の病院に連れて行った…と聞いた菜緒子は、
土曜の午後に外来患者を受け付けるものかしら、と思ったが、黙っていた。
それに、神経の病気で薬を飲めば大丈夫。とえり子が言うのだ。

居間に小さな仏壇があったが、扉は閉じてあった。
聞くと、横浜に越してくる前に脳溢血で死んだ母方祖母のものだそうだ。

「お父さんとお母さんは、菜緒ちゃんの事本気で可愛がっていたのよ。本当の娘みたいに」
「本当にお世話になったわ、感謝してます。じゃあえりちゃんちには、娘が三人いた事になるわけね」
「違うわよ、私と菜緒ちゃんだけが娘だったの」

あまり気が進まないが、また招待されたので次の日曜日に横浜に向かった。
えり子の父は痩せこけてどんよりと沈んだ顔で、
目には覇気がなく、えり子と菜緒子を心配そうに見た。


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居間の仏壇の扉が開いていて、えり子の母の写真が見えた。
えり子が和室の襖を開けて、母を呼んだ。
「あらあら菜緒ちゃん大きくなって。よく来てくれたわねえ」
「おばさんね、菜緒ちゃんのためにドーナツ揚げたのよ、
お砂糖たっぷりかけたやつ。菜緒ちゃん好きでしょ」
「ほら、バンビの刺繍のお弁当袋。うちのえり子とお揃いでプレゼントしたげる」

えり子の母ではなく、姉の信子が地味な着物を着て座蒲団に座って
母と同じ口調と表情で明るく話している。
父が言った。
「驚かせてしまって申し訳ない、前もってお伝えするべきでしたが
娘があなたの連絡先を言おうとしないので…」
えり子と「母」は昔と同じく無邪気に楽しげに喋っている。終

母の死後、姉とえり子のどちらが先に狂ったのかは不明。
えり子がまともじゃないとわかる伏線は、年齢不詳なメルヘンばばあ服やスッピン顔、
少女期と同じ髪形、父親が仕事で成功したと言ってるわりにショボい家、無邪気すぎる言動。
結末を知ってから読み直すと(成る程)ってなって後味悪い。

 

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