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江戸川乱歩『指』

とある名のあるピアニストが暴漢に襲われ、右手首を失った。
物語の語り手である医者は、ピアニストに右手首切断のことを教えなかった。

「あ、君が世話をしてくれたのか、ありがとう」とピアニストは言った。
「何せ酔っ払っていたもので、暴漢が誰だか解らなかった。右手だね?
 僕の右腕は……指は、大丈夫だろうか? 元のように動くだろうか?」
「大丈夫だよ」と医者は言った。「何、じきに治るよ」

医者は親友を落胆させるに忍びず、彼がピアニストとしての生涯を終えたことを、
もう少し症状が良くなるまで伏せておこうと思った。


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「右手の指を少し動かしてもいいだろうか?」とピアニストは言った。
「新しい曲を作ったんでね、それを毎日練習してみないと気が済まないんだ」

医者はハッとし、看護婦に彼の尺骨神経を圧さえさせた。
そこを圧迫すると、指が無くとも、あるような感覚を脳中枢に伝えることができるからだ。
ピアニストは左腕の指を気持ちよさそうに動かしていたが、
右腕の指が現実に動いているわけではない。
そうであるにも拘わらず、架空の曲を弾き続けていた。
「ああ、右の指は大丈夫だね。よく動くよ」

医者は耐えきれなくなり、病室を出た。


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そして手術室の前を通りかかると、
一人の看護婦が、その部屋の戸棚を凝視しているのが見えた。
彼女の様子は尋常のものではなかった。

医者は手術室に入り、看護婦の凝視していた戸棚を見た。
そこには、ピアニストの腕をアルコール漬けにした瓶が置いてあった。
医者はそれを一目見ると、身動きが出来なくなった。

瓶の中で、彼の手首が、いや、彼の五本の指が、白い蟹の脚のように動いていた。
ピアノのキイを叩く調子で、しかし、実際の動きよりもずっと小さく、
幼児のように、頼りなげに、しきりと動いていた。

 

ペテン師と空気男 (江戸川乱歩文庫)
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