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140 名前:京極夏彦 「嗤う伊右門」 1/5 投稿日:2006/06/02(金) 00:06:19
舞台は江戸時代。
四谷にある民谷家は代々続いた旧家だが、父と娘の二人暮らし。存亡の危機を迎えていた。
一人娘の岩は大変な美貌で知られていたが、重度の疱瘡を患い顔半分にひどい傷を負ってしまう。
目は潰れて皮膚は膿ただれ、髪も縮れてしまった岩の姿は二目と見られないものだった。
どういうわけか岩は自分の姿を恥じたり悲しんだりするわけでもなく、
病気が治った後も以前のように振る舞い外を平気で出歩いた。
町の者はその姿を見て恐れたり驚いたりし、最後には笑いものにした。
岩の父はそんな娘が心配で不憫だった。
だが、岩は自分の醜い姿を自覚していないわけでも気が狂ったわけでもなかった。
生まれつきの潔く強い心で、自分には何も恥じることはないと信じていたからだった。
岩の父は、自分の老い先が短いことが不安になり娘の縁談を画策する。

141 名前:京極夏彦 「嗤う伊右門」 2/5 投稿日:2006/06/02(金) 00:07:37
入り婿に決まったのは、伊右門という若い浪人だった。剣の腕は立つらしいが真面目で大人しい性格で
一度も笑ったことがないという堅物だった。
伊右門は岩の顔のことを承知で婿入りし、
民谷家が代々受けてきた同心のお役目を継ぐ。(その後、安心したように岩の父は死ぬ)
世間では金目当てだ士官目当てだと噂が立つ。
世間の目に反して伊右門は凛とした岩の美しさに惹かれてゆき、岩も伊右門を愛し始める。
だが、気性の激しい岩と柔和な伊右門は、
お互いを好いていながらも上手く想いが通じずにケンカばかり。
そんな二人に、伊右門の上司、伊東が目を付ける。
伊東は金で地位を買った男であり、極悪非道な性格でを悪行を繰り返していたが
暴力的で金満家の伊東を皆は恐れ、誰も刃向かおうとはしなかった。
伊東は、欲が無く自分になびかない伊右門夫婦が気に入らず(昔、岩に求婚していたこともあり)
二人の不仲説を利用して別れさせる算段をする。

伊東という男は、理由無く人を傷つけるのを何より好んだ。

伊東はまず、伊右門を毎夜家に呼びつけ用事をいいつけ酒の相手をさせた。
上司の呼び出しを断れずに家を空けてばかりの伊右門に岩は不満をぶつけるようになった。
一方で岩を昼間呼び出し、伊右門が公務をほっぽらかして遊んでばかりであると嘘の注意をして
お互いを憎むようにし向けた。だが、二人ともケンカを繰り返しながらも、
絶対にお互いの悪口は言わずに自分のせいだと言い張るのだった。

とうとう岩は伊東の言葉を信じ、自分が居るから伊右門がダメになるのだと、家を出る決心をする。
相手の為にあっさりと自分の生家をも捨てようという岩に伊東は驚くが、
ますます腹が立つのを抑えて岩に後のことは任せろと言いくるめて離婚させる。

突然離婚を言い出した岩に伊右門は慌てて引き留めるが、
伊東に情を見せてはいけないと言われている岩はわざと冷たくして家を出る。

これで伊右門は幸せになるのだと内心ほっとしながら。


142 名前:京極夏彦 「嗤う伊右門」 3/5 投稿日:2006/06/02(金) 00:08:38
岩がいなくなり、呆然とする伊右門に伊東はさらなる嫌がらせを開始する。
自分の妾である梅という娘を後妻にさせ、
梅が孕んでいた伊東の子供までも伊右門の子として育てさせる。
断れば子供は殺してしまうという伊東の言葉に、優しい伊右門はその条件を飲んだ。
伊東はその後も平気で梅を以前どおりに愛人として扱い、夫婦と言えども何の実も無い絶望的な生活が続く。
ただ、元々自分の意志に反して伊東の愛人になっていた梅は、伊右門を本気で愛するようになっていた。
だが二人で逃げようという梅に、伊右門は悲しく首を横に振るだけ。
梅は伊東の子供さえ居なければと思うようになり、
赤子の世話をおろそかにし始めるが、伊右門は罪の無いその子を可愛がった。
伊右門とその後妻は、外から見れば幸せな若夫婦にしか見えなかった為、噂を聞いた岩は一人満足した。
岩は武家の娘という地位を捨て、長屋で内職をして暮らすようになっていたが、伊右門が幸せならそれでいいと思った。
自分がそばに居たのでは、上手く想いが伝えられず
冷たくばかりしてしまうのだから、こうやって遠くで幸せを願おう。

143 名前:京極夏彦 「嗤う伊右門」 4/5 投稿日:2006/06/02(金) 00:09:27
しかしそこに、岩の窮状を見かねて旧知の者が訪ねてくる。
自分と伊右門はこれで幸せだから良いのだと言う岩に、
その男達は「二人は伊東の罠に嵌められた」と真相を教える。
(この男達は別件で伊東に恨みがあり、復讐を企てている)
伊右門が築いた幸せな家庭が、実は伊右門を苦しめているだけのものだっと知り、岩は愕然とする。
それでは、岩は何のために愛する人と離れたというのだ。
乱心し、岩は男達を責めた。何故今更そんなことを知らせるのかと、
そして伊右門を思うあまりさらにパニックになる岩。
鎮めようとした男の一人を勢いで殺してしまう。岩はそのまま外に走り出した。「恨めしや、伊右門殿」
悲しみに狂い髪を振り乱し走り去る岩を見たものは、皆、鬼だ狂女だと恐れおののいたのだった。

人殺しの後、姿をくらました岩のことはあっという間に噂になり、
あちこちで岩の幽霊を見た、祟りがあったという騒ぎが起こる。
(ほとんどがただの噂か見間違い)
伊東は何食わぬ顔で、伊右門に元妻なのだから責任を取って成敗しろなどという。伊右門はますますやつれていく。
そんなある日、梅の赤子が何者かに殺された。梅は、「岩様がやった」と繰り返しておびえるばかり。
慈しんでいた赤子の死に、声を上げて泣く伊右門に伊東は「侍が泣くなど」とたしなめ、
(本当は自分の子なのに)それより早く岩の亡霊の決着を付けろと迫る。

伊右門は虚ろに「この子の弔いが終わったら…」と答えるのだった。
梅は今度こそ二人で逃げようと伊右門に迫るが、
伊右門は実家に帰るか伊東の元に帰れと言う。どちらも嫌だという梅。


144 名前:京極夏彦 「嗤う伊右門」 5/5 投稿日:2006/06/02(金) 00:15:54
赤子の葬儀が終わったばかりだというのに相変わらず伊東が梅に会いに来た。
その日、伊右門は全てに決着をつける。
いつもと違う不遜な態度の伊右門に、伊東は激昂するが伊右門は動じない。
梅、と優しく呼び、手を伸ばしてきた梅に伊右門は嗤って言った。
「子供を殺したな」
次の瞬間、伊右門は梅を一太刀に斬り殺した。伊右門は淡々と語る。
最後まで、梅を生かすことを考えていたが、梅はその道を選ばなかったから仕方がない、と。

そこへ伊東に恨みを持つ男が乱入し、伊東に斬りつけ座敷は修羅場となる。
男は復讐を果たして死に、伊東と伊右門の一騎打ちになる。
伊右門は嗤いながら鮮やかな剣さばきにより伊東を倒し首を切り落とす。

「岩は誰にも渡さぬ」
愛するものほど遠ざけ、近づくものを憎む歪んだ伊東、愛する者をそばに置きたかった岩の父。
岩の顔が崩れたのは疱瘡のせいではなかった。
岩の父が、娘を手放したくないばかりに毒を盛ったのだ。
後日、民谷家の修羅場は伊東の乱心を伊右門が成敗したという始末となり、伊右門にお咎めは無かった。
普段から悪行三昧の伊東をかばうものも居なかった。

しかし、それ以降、伊右門は家に籠もるようになり姿が見えなくなる。

親戚筋のものが見に行ってみたところ、
家はほとんどあばら屋になり、大きな桐の箱がひとつ座敷にあるだけだった。
中を開けると箱の中からは大群の蛇、鼠、虫があふれ出て、
その中には花嫁衣装を着た女の骸骨と、息絶えたばかりの伊右門が抱き合っていたのだった。

※補足1 最後に出てくる桐の箱は、赤子が死んだあたりでイエモンが屋敷に運び込む描写がある。
岩が狂乱して向かった先は、イエモンがいつも夜釣りをしている堀だったので
二人がそこで出会った可能性もある。何にせよ箱の中は岩の死体。
魔よけの強い香を炊いたりして、腐臭をごまかす工作をしている。
(岩が自殺したのかもしれないが、イエモンが殺したのではと個人的には思う。)


145 名前:本当にあった怖い名無し 投稿日:2006/06/02(金) 00:20:48
※補足2 有名なことですが一応。この話は、あの怖い「お岩さん」で知られる
鶴屋南北の「四谷怪談」をベースにした話です。
真相を知るものは誰もなく、世間での噂だけが恐ろしくも悲しい物語になった、っていう解釈。

 

嗤う伊右衛門 (中公文庫)
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