海贄考(赤江瀑)

846 名前:1 投稿日:2007/01/01(月) 23:19:35
昔読んだ小説

年老いた主人公は17年間連れ添った妻と心中するために日本のあちこちを旅行していた。
自分達が貯めて来た金を使い切ってから二人で死ぬためだった。
二人が死ぬ事を決意した理由は、お互いへの愛情が無くなったから。
二人はとても愛しあった夫婦であり、二人で夫婦として生きて行くことが人生の全てであったため、
お互いへの愛情が無くなった今、生きて行く理由を見失ってしまったのだ。
離婚してそれぞれ別々の人生を歩むなど考えられない事だった。

二人は鐘ヶ崎へとたどりついた。そこは路地が複雑に入り組んだ海辺の町だった。
二人は海を見ようと路地をさまよい歩くが、迷宮にはまり込んだように彷徨うだけで、
海へたどりつくことができない。
妻は歩き疲れ、突然全て嫌になったらしく、「ここで全て終わりにしよう。」と主張する。
主人公の方は、ひょっとしたら旅の間に生きる意味がまた蘇るかもしれないという淡い期待を抱いていたのだが、
妻が死のうと言い張るので、ここで全てを終わりにする決意をする。
海を探しだし、彼等は薬を飲んで身を投げた。

妻は溺死したが、主人公の方は仮死状態のまま鐘ヶ崎の漁師の船に引き上げられ、その後息を吹き返した。
その漁師は「エビスの土屋」と呼ばれる家の者だった。
溺死者を「エビス」と呼ぶ習慣があったのだが、土屋家の漁師は代々、
海上で溺死者によく出会う不思議な縁を持つのでそう呼ばれていた。
溺死者を恵比須神として家にまつることは縁起を呼ぶという信仰がある土地だったので、
土屋家の者達は代々、溺死者を海からひきあげては手厚く葬っていたのだ。

一度は溺死者として引き上げられ、息を吹き返した主人公は
「土屋のエビスさん」と呼ばれるようになり、
主人公はそのままこの土地に留まり余生を生きる決意をする。


847 名前:2 投稿日:2007/01/01(月) 23:20:10
土屋家でお世話になりながら細々と生活しているうち
主人公は奇妙な夢に悩まされるようになる。
土屋家の奥さんと船に乗っていて、自分だけ海に落ちてしまったのに
奥さんはしらんぷりで船をこいで行ってしまう夢など、
水に関係のある夢ばかりだった。主人公はいつも夢の中で窒息寸前になり、目がさめる。

そのうち、主人公はやたらと水に落ちる事故を起こすようになる。
現実でも奥さんと一緒に船に乗り、海に落ちてしまう。
その時は奥さんが助けてくれた。
その他にもつるべに引き込まれて井戸に転落したり、
海に転落したりをくり返す。
主人公は泳げないため、そのたびに土地の者に救われていた。

溺れる夢も相変わらず続いた。
土屋家の主人は、「水を恐れているからよけい水に落ちるのだ。泳ぐ練習をしろ。」と
明るく笑い飛ばしていた。


848 名前:3 投稿日:2007/01/01(月) 23:20:42
主人公は、自分がこれほど海に落ちるのは、
死んだ妻が呼んでいるのだと解釈する。
死んだ妻が、自分だけ生き残った主人公を恨んで、海の中に引き込もうとしてるのだと。

主人公は妻の霊に語りかける。
自分は君を愛しているが、君の側にはいかない。
自分は君を愛する気持ちがまた生まれて来たが、それは君が側にいないからだ。
だからもう君の側にはいかない。
君が側にいれば、またあの愛の無い人生をくり返すだけだから。
だから自分はたとえ死んでも君の側にはいかない。
だからもう呼ぶな。呼んでも無駄だ。
自分はこの土地を愛してるからここで生きてゆくと。


849 名前:4=終わり 投稿日:2007/01/01(月) 23:21:30
ここで本編は終わっているが、作者の後書きが続く。

世界の各地に伝わる迷信として、
「溺れている人間は、それだけの罪を犯したか、神の意志で溺れているのだから、
 それを助ければ神の意志に背くことになり、今度は助けた人間に厄災がふりかかるのだ。」
というものがある。
これは日本にもある迷信である。

鐘ヶ崎に住む人々にもこの考え方はあるのではあるのではないか。
彼等は溺れていたのに助けられた人間を疎んでいるのではないか。
主人公は、自分が妻に呼ばれて何度も水に関連した厄災にあっていると思い込んでいる。
しかし、実は悪意を持った人々に囲まれて生きていて、
自分だけが気付いていないのだ。

なんかハッピーエンドっぽい終わりだったのに
この作者の後書き。なんか胸がもやもや気持ち悪くなった。
何故本編でこの事を言わないのかも不思議な小説だった。


851 名前:本当にあった怖い名無し 投稿日:2007/01/02(火) 04:27:04
>>849
せっかく生きていく決心が付いたのに、遅かれ早かれ死ぬことになる…って感じかな
本編では希望を感じさせるラストなのに後味悪いね

 

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