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625 名前:1/3 :2012/04/15(日) 10:13:30.41
吉屋信子『花物語』の最後の話「曼珠沙華」。
亀だが>>479のリクエストに応えてもう一本だけ。
忍法帖がリセットされてて上げられなかったんで……

東京に、ある女芸人の小さな一座があった。
座長は、今は亡き有名な芸妓の娘でみやこといい、まだ21才の若さだった。
一座の最年少は幸という14歳の娘。幸は料亭の女中をしていた母親の女手一つで
育てられていたが、母は11歳の時に過労で亡くなり、その料亭のお座敷に何度も呼ばれていた
みやこが手元に引き取ったのだった。
みやこは幸に芸を仕込んでみたが、幸は生来両脚の長さが少し違っていて踊りはダメ、
歌も調子っぱずれで、太鼓も1年教えて全くものにならなかった。
みやこは「ずいぶん思い切って不器用ねえ。偉いわ。それじゃあ、もう遊んでおいで」と笑い、
ただ妹分として置くことにした。幸は、自分の救い主であり、第二の母であり、新たな姉でもある
みやこに、どこまでも天真爛漫に付慕ってくるので、それだけで充分だった。

一座は東京で幕を打っていたが、先の大震災で焼け出され、旅回りせざるを得なくなった。
みやこの芸は確かだったが、旅先での客入りはすこぶる悪く、1年間収入はほとんどなかった。
見切りを付けた者が一人、二人と逃げ出していき、利根川を渡った先の田舎町で
芝居を打つ頃には、座員はごく僅かになっていた。

渡し船で川を渡っている最中、みやこは岸辺一面に咲き乱れた曼珠沙華を見て感嘆の声を上げた。
他の座員は「彼岸花なんて花屋に束で持ってったって一厘にもなりゃしねえ」と素っ気なく、
幸だけが「綺麗ねえ、綺麗ねえ」と、みやこの傍らではしゃいでいた。


626 名前:2/3 :2012/04/15(日) 10:15:09.51
川を渡って芝居小屋に着くと、何やら遠くの方で盛んに号砲が上がっていた。
最近世評を取っている洋風の少女歌劇が近くの劇場で上演することを知らせるもので、
人々の関心はこの歌劇に占められ、開演が迫っても一座の小屋には誰も来なかった。
この様子を見た小屋の主が、少女歌劇と合同で芝居を打たせてもらったらどうかと
持ち掛けた。すでに先方に話を通してあるという。
座員は一も二もなく賛成したが、みやこは沈痛な面持ちで俯いていた。
その脇で、幸が縋りつきながら泣き喚かんばかりに言った。
裸みたいな格好で踊り、唇を吸うようなオペラなんてものの下っ端に誰が使われるもんか、
お師匠さんのような立派な芸を持つ人が楽隊で踊れるか、ねぇ、お師匠さんも嫌でしょう――
みやこは幸を抱き寄せると、ほろっと涙を零し、言った。
「ええ、行きゃしないわ。ねえ、幸ちゃんと二人だけでも、立派に立て籠もってみせるよねえ。
私の芸はオペラとやらの合間に使われるには、威張るようだが惜しすぎる。
亡くなったお母さんにも会わせる顔がありません」
年配の三味線弾きが説得したが、みやこの決心は固かった。

結局座員はみな少女歌劇の方へ行ってしまい、残ったのはみやこと芸のない幸だけ。
衣装も音曲もなく、あるのはみやこの銀地の扇一本だけ。
すると幸が「東京に帰ろう。帰ればきっとまた舞台があるよ」と言い出した。
それがないから出てきたのだし、帰っても家は灰になっていて、住むところもない。
しかし一縷の望みをかけて、二人は心細いながらも東京に帰ることにした。
夕刻、二人は河の渡しを求めて歩いてきたが、人足は早じまいして少女歌劇を見に出払っていた。


627 名前:3/3 :2012/04/15(日) 10:16:04.51
翌朝、川の岸辺で曼珠沙華に埋もれ、みやこと幸が抱き合うようにして死んでいるのが見つかった。
みやこは銀の扇で顔を隠すようにして、幸はそれにひしと寄り添って、胸に顔を埋めて倒れていた。
ある古老は言った。「この花は古来毒草として野遊びの小児を戒めるに足るものである」。
二人は曼珠沙華の中に身を横たえて朝を待つ間に、花の毒気に中てられたのだった。

「曼珠沙華」の語は梵語に依り、その意味は曰く「天上の花」という。

 

花物語 下 (河出文庫)
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