ひとりで宇宙(そら)に(清水義範)

15 名前:1/2 :2009/05/14(木) 13:03:22
清水義範『ひとりで宇宙(そら)に』

宇宙飛行士のAはたった一人で、遠い遠い星域の観測のために宇宙に飛び立った。
大歓声と共に地球の人々は見送ってくれ、Aもまた地球に帰れることを信じて、
ひとりぼっちの宇宙で一生懸命仕事をしていた。
だが任期の明ける日になっても、その次の週も、いつまでたっても迎えの船はやってこず、
Aはうすうすと、どうやら自分は地球に見捨てられた(何故かはわからないが)と気づく。
だけど希望を捨てず、いつか救難信号が地球に届くか、もしかしたら船が来るかもしれないと信じて
Aはひとりで宇宙船の中で生きていくことを決意する。

食糧や空気に関してはまだまかなうことができたが、圧倒的な孤独はどうしようもなく、
Aは予備の宇宙服に人間の顔を書き入れ、空想上の友達を作り出す。
そいつにAはたくさんいろんなことを話しかける。それが狂気に陥らない唯一の方法だと思ったから。
Aの物語は多岐にわたった。地球にいたころの昔話から、帰ってからやりたいいろんな夢。
それが尽きると、今度はひとりで劇を始めた。宇宙服には観客の役を与え、
どれだけAは立派な男か、サバイバルを乗り越えて地球に戻った英雄かを褒め称える劇を
ひとりで演じた。自分はパーティーの司会者だったり、勲章をくれる大統領だったりもした。
宇宙服はだまってそれを聞いていた。ついに劇のネタもつきたAは、最後の手段として、
「英雄Aの伝説を何も知らない人間に話してきかせる男」の物語を始めた
そのひとり芝居を、Aは今までに無いほど熱狂的に演じ、そして語った。
輝かしい任務を得た栄光、危険な職務、地球への忠誠、恐ろしい逆境。
それを乗り越えて、Aは生きる意志を固めた。
彼は一体どうなるんだろう? 一体どんな結末がこの英雄を迎えるんだろう?


16 名前:2/2 :2009/05/14(木) 13:04:59
ここで舞台が切り替わる。無言の宇宙服を前に、その男=小説の語り手=Aは黙り込む。
「どうなるんだろうな……」
漆黒の大宇宙を映した窓に近づき、Aは力なくつぶやく。

孤独の恐怖と共に、あまりに精神力が強すぎて発狂もできない恐怖というのもあったり、
希望を捨てないというのは人間の特性であるけれど、実に残酷なことだよなと思ったり。
あと語り手A(このことは最初は伏せられている)の口調が、最初はかなり冷静なのに、
終盤に近づくにつれて「Aは凄いんだよ!英雄なんだよ!」と、
読者に向かって執拗に強調するようになっていくのもよく読み返すとけっこう怖いし、何より悲しい。

 

グローイング・ダウン (講談社文庫)
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