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562 名前:本当にあった怖い名無し :2009/05/28(木) 15:16:56
城山三郎の『ある倒産』だったかと思うんだけど、
子会社の計画倒産に関与させられることになった会社員の葛藤を描いた話で
倒産を推し進めるやり手の同僚が目立ちたがり屋の独善的な悪者・
倒産させられそうになっている中小企業の老夫婦が素朴な善人
みたいな役どころで書かれていて、その中で
同僚が趣味の写真投稿で障害者の息子を「愛児」と題して載せていたのを
老夫婦が「写真に載せるなんて…。障害のある子なら、できるだけ世間の目に触れさせないように
隠し通すものです。それが本当の親の情ってものです」と非難していたのが後味悪かった。

結局老夫婦の会社は倒産するけど、主人公はほだされて最後に自社をやや裏切る形で
なるべく老夫婦や従業員のかぶる損失が少なくなるように立ち回るから、
明らかに作者は慎ましい老夫婦の人柄を「人間の善意」の代表みたいなつもりで描いているのが見て取れ、
ああ、差別って、こういう自分達では“思いやりのある”“良識的”な人間だと
思っている人たちの間で温存・助長されて行くんだなぁって感じがした。


563 名前:562続き :2009/05/28(木) 15:18:09
1960年代ぐらいのかなり古い小説だったはずだから
当時はそれが“世間の常識”だったのかも知れないけど、自分がほぼ同じ時期に読んだ
おそらく出版年代も同じくらいの西村京太郎の『天使の傷痕(しょうこん)』が、
サリドマイドのあざらし児をモチーフに扱っていながら、新聞記者の主人公が
「こそこそ隠れて生きるだけでいいのか、被害者自身がそれじゃいつまでたっても何も変わらないままじゃないか」
と被害者の会に訴えかけ、一人の母親が追いかけて「この子を撮ってください」と申し出る鮮烈なラストで終わっていて
こちらの方がものすごく共感できたから、対比でなおさら陰湿な感じに思えた。
(ちなみに『天使の傷痕』のあらすじは、主人公の恋人が実は追っていた殺人事件の犯人で、
封建的な田舎の村で周囲の反対にあいながらもやっとの思いで村の名士の息子と分不相応な結婚をした姉が
不眠の苦悩から薬害児を産み、差別から逃れるために断腸の思いで施設に預けていたのを
たかり屋のようなゴシップ誌記者にかぎつけられて脅迫され、秘密を守るためにその男を殺したというもの。
主人公は、本当の事を裁判で話して情状酌量を求めるよう拘留中の恋人を説得するが、狭い村社会で育った彼女は
最後まで「被害者男性は元カレで、今カレに乗り換えようとした痴情のもつれで殺害した」と嘘の動機をつき通した。)

564 名前:本当にあった怖い名無し :2009/05/28(木) 16:02:50
>>562-563
多分にイデオロジカルで「後味悪い」と切り捨てていいのか難しい話だと思う。
『ある倒産』が64年で『天使の傷痕』が65年と確かに同時代に出版された二作品で、
似たモチーフを全く違う視点から紹介している。
この二作品を比較して前者は「後味悪く」後者は「共感できる」と感じるのは当時、
そういった議論があって、たまたま後者の見方が現代に至るまでの趨勢を勝ち得ただけに過ぎない。
実際に後者のスタンスを「社会」が取ってきた今、
それによって「差別が減った」ということは確認のしようがない。
また後者のスタンスを実現し得たのは都市部の無関心社会のみで、
国外はもちろん、国内でも小さな集落や古風を残す地域では相変わらず障害者を家庭内で秘匿する傾向が強い。
しかし「たまたま」後者のスタンスを実現できる環境にいた都市部住民がそれらの社会を
「遅れている」「感じの悪い社会」と断ずることが果たしてできるだろうか。

現代否定される物や感性が一歩踏み出せば現存しているし、また趨勢を担うかも知れない
という感覚で見れば否定的に断ずるのも躊躇されると思う。


565 名前:本当にあった怖い名無し :2009/05/28(木) 16:26:02
>>564
うん、まあ、それは思う。
ただ、個人的にはその障害児の写真投稿のエピソードを読みながら「…えっ?」と引っ掛かったから、
最後に主人公たちが本社へ一矢報いる形で終わった本題の逆転劇も、爽快感が感じられなかった。

 

ある倒産 (新潮文庫 し 7-5)
ある倒産
(新潮文庫)
天使の傷痕 (講談社文庫 に 1-1)
天使の傷痕
(講談社文庫)


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